ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』

ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』



 私はこの本を読んでいて梅棹忠夫の「生態史観」を思い出していた。どちらの著者も生物学者であり、生物地理学の視点が強い。人類史を民族や人種の優劣で見るのではなく、環境・地理・気候・動植物の生態系、人口などから科学的に歴史を構築していく。ダイアモンド氏は大陸間での地域格差がいかに生まれてきたかを1万3000年の時代規模で辿ろうとする。「銃・病原菌・鉄」はそのための指標にすぎない。ニューギニア高地人から始まり、ユ―ラシア大陸肥沃三日月地帯での農耕、家畜化の成立と伝播、文字の発明から南北アメリカとの遭遇、アフリカはいかにして黒人の世界になったか、オーストラリア大陸や太平洋にへの拡散、中国の統一など、近代に成立した国民国家の視点でなく大陸間の視点で描いていく。ダイアモンド氏は環境決定史観ではないといい、人間の主体的適応と文化創造(文化特異性)を認めているが、自然環境重視は強い。それは近代以前には有効かもしれない。ヨーロッパ中心史観でないグローバル時代の世界史でもあり、文化人類学の影響もあると思う。
私が面白かったのは狩猟採取時代以後、食糧生産で野生種が飼育栽培され、野生生物が家畜化されるところから生態系の相違が現れ、大陸間格差(ユーラシア大陸の優位)が生じ、それが人口密集、文字の発明、集権都市国家の成立、鉄精製、軍事的覇権、病原菌の免疫など現代までの地球地域格差を生み出したという考えである。複雑系理論のちょっとした初期条件の違いが、時間と共に巨大な相違になることの応用である。なぜシマウマは家畜にならなかったのかや、馬の家畜化が征服戦争をどう進めたか、家畜の伝染病の免疫が、家畜化が少ない社会に壊滅的被害を与える南米アメリカ征服(インカやアステカ、ネイテブアメリカンの例)なども読んでいて納得する。
大陸間での文化の伝播は東西に横に広いユーラシア大陸では早く、緯度が違い、生態系が違う南北間では困難を極めて遅いことを、アフリカ大陸やアメリカ大陸を比較して論じているのも興味深い。文字の成立や言語の多様性から太平洋諸島域やアフリカ大陸を考えているし、中国の漢字文化が古代から統一国家を早くから成立させた特異性や、東南アジアへの拡張は、現代の華僑文明圏とも共鳴していて面白かった。ただインド大陸にあまり触れていないのが気になった。また、近代の産業革命、資本主義成立、国民国家の隆盛以後の世界史は、生態史観だけでは解けないのではないかという疑問も残った。(草思社文庫、倉骨彰訳)