芥川龍之介句集』

芥川竜之介俳句集』


芥川は詩人である。短編小説は散文詩のようだ。だが芥川は近代詩に向かわず江戸・元禄期の芭蕉の発句にその詩を注ぎ込んだ。この俳句集は明治34年から自殺する昭和2年にかけての1158句の俳句が収められていて、読むのが楽しい。芥川には『芭蕉雑記』『続芭蕉雑記』の2作がある。古き発句に新しい近代詩の感性を盛り込むのが芥川の俳句だ。ここで芥川は芭蕉を枯淡な世捨て人ではなく、近代詩人として見ている。元禄人の抒情詩的甘露味のエロスを指摘し、蕪村の大和絵的に対して、「調べ」の美しさを17字のなかの「言葉の音楽」と考え、フランス象徴詩人のように扱っている。
 私はこの俳句集を読んで、芥川の自意識の鋭さが定型詩のためか消えて、繊細な鋭い蜘蛛の糸のような感性がしたたり落ちてくると感じた。私が好きな句は自殺の昭和2年に作った句「雪どけの中にしだるる柳かな」や、自嘲の句「水涕や鼻の先だけ暮残る」である。その鋭い繊細な感性の句ですきなのは「蝶の舌ゼンマイに似る暑さかな」「陽炎にもみけされたる蝶々かな」「梅花飛び尽くせば風を見ざりけり」「冴え返る梨の莟や雨もよひ」「秋風に立ちてかなしや骨の灰」などを挙げたい。
 芭蕉の死に立ち合った門弟たちの自意識を冷徹に描いた「枯野抄」は、師夏目漱石の死とその門弟の諷刺とも読めるが、芭蕉の辞世の句といわれる「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」は、芥川の人生とも生き移しに感じてしまう。(岩波文庫、加藤郁乎編)