野嶋剛『ふたつの故宮博物院』

野嶋剛『ふたつの故宮博物院

新聞記者が足で書いた中国における二つの故宮博物館の歴史と現状であるが、政治と戦争で北京と台北に引き裂かれた数奇な物語として面白く読める。孫文辛亥革命中華民国の成立と共に、中国の伝統的書画、陶磁器、図書などを集め紫禁城に1925年故宮博物館が出来た。国民政府は日中戦争で選りすぐった文物を破壊を免れるため、南方・西方に移動し、さらに国共内戦蒋介石とともに台湾に一部文物も移動それ以後半世紀、北京故宮台北故宮の二つの博物館体制が続いている。北京には80万点、台北には68万点の中華文明の粋が収蔵されている。この博物館をめぐって中国の政治と文化の葛藤が野嶋氏の筆で明らかにされていく。
 野嶋氏によれば中国では故宮の文物は「三種の神器」にあたり、権力正統性をしめす権威の証しだから、蒋介石もその文物をもって台湾に渡ったという。21世紀に入り、台湾では民進党陳水扁)が政権交代を行い、2008年には国民党(馬英九)が再度政権を奪取した。民進党故宮改革は、故宮中華文化の博物館でなく、アジア文化の博物館にするという台湾人主体で脱中華の方針であった。華夷思想で捨てられた島・台湾民衆の願いがあり、中華思想を脱却しようとする。これに対し国民党は蒋介石の大陸反攻を引きずり、中華中心主義をとる。この葛藤を政権交代と絡め描いているところが面白かった。国民党が政権奪取すると中国と急接近しまづ文化統一として「一つの故宮」が急浮上してくる。2009年二つの博物院院長の相互訪問が始まる。
 またこの本では植民地時代、辛亥革命日中戦争などで散逸した文化財を経済成長でゆたかになった中国・台湾が中華復興の波に乗り略奪品返還や、オークションでの買い戻しという「国宝回流」の実状が書かれていて興味深い。いま中国美術品を最も高額で買う中国人といわれ、野嶋氏はその一人美術ディーラー王雁南を取材しているが、それが天安門事件で失脚した趙紫陽総書記の娘だというのに驚いた。中国の文化重視は、中華の政治そのものの自己証明という野嶋氏の意見には納得した。(新潮社)