ロペ・デ・ベガ『オルメードの騎士』

ロペ・デ・ベガ『オルメードの騎士』

スペイン16,17世紀の黄金世紀のコメディアは、私には浄瑠璃歌舞伎のように感じられる。ベガは2千編も戯曲を書いたというが、無敵艦隊の乗員でもあり、中傷ビラで追放されたが、後にマドリードに戻る。ドンファンであり、妻以外に数多くの愛人がおり、破天荒な私生活だったという。日本の武士とスペインの騎士の大きな違いは、キリスト教信仰(修道会など)と貴婦人への宮廷愛的恋愛だと思う。武士は領主への同性愛的忠誠があるが、騎士は女性への恋愛・献身があった。この戯曲も騎士の恋愛と死を描くが、武士道とは死ぬことだという主君への献身とはだいぶ違うようだ。
 筋は単純で他郷(オルメード)の騎士が、メディナ・デル・カンポの名家の姫に恋をし、惚れていて結婚を狙う当地の騎士に闇討ちで殺されるというものだ。そこにはバロック文化の愛と死、光と闇、高潔と卑劣の二項対立があり、わかりやすい。男の嫉妬の陰湿さがシエイクスピアの「オセロウ」のように悪の動因として悲劇を作り出す。歌舞伎とは違うのは、オルメードの騎士と姫を取り持つ魔女ファビアと従僕の存在である。この女衒的魔女が当地の騎士の嫉妬を正当化させ暗殺に駆り立てさせる。従僕はドン・キホーテにおけるサンチョ・パンサの役割であり、主人思いの忠誠心と処世的賢さを持っている。
 ベガの戯曲は韻文で書かれているというが、翻訳ではその片鱗しか判らないのは残念である。長南実氏の翻訳は苦心の作だと思う。その韻文が朗々と浄瑠璃のように詠われたのだろう。長台詞はスペイン語がわからなくても舞台で聞いてみたいものだ。封建制から資本主義の移行期に、英国にシエイクスピア、スペインにベガやカルデロン、日本に近松門左衛門と輩出したのは面白いと思う。(岩波文庫、長南実訳)