藤田令伊『フェルメール」

藤田令伊フェルメール 静けさの謎を解く』

 このところオランダ17世紀の画家フェルメールの人気が高い。日本でも展覧会がよく開かれ、フェルメール論も続々出版されている。小林頼子氏はフェルメールが愛される理由を①作品数が少ない希少性がある②光学画像を思わせる③盗難犯罪や贋作などの話題性④神話や宗教画と違い世俗の家庭風景などを挙げている。(『フェルメール』角川文庫)藤田氏の本は、その「静謐な絵画」が何故生まれたかを色彩、構図、モチーフ、光、オランダの風土、歴史、精神史まで踏み込んで論じていて、面白かった。
フェルメールは「フェルメールブルー」というウルトラマリンブルーを多用している。青は色彩心理学で「静かさ」を現すが、藤田氏はさらに「青衣の女」のような三色(青、茶、白)という小色のなかの青をつかう異常な執着を解明していく。当時はウルトラマリンブルーは金と同じくらい高価だったのに。X線調査で「窓辺で手紙を読む女」など最初の画面が大幅に塗りつぶされ削除されたことがわかってきた。青基調、少ない素材、穏やかな光、現実感と非現実感の共存を藤田氏は指摘し、フェルメールは写実画家でなく、ズームアップや虚構の画面を作り出す創造画家だという。女たちの姿態もうつむき加減の顔、伏し目、ニュートラルな表情など静かで謙虚さを創造するために虚構してる。物語性を消去しミニマルアートや無調音楽のように、意味から訣別した「無意味さ」を描く現代アートの先駆けだともいう。面白い見方だ。
フェルルールとレンブラントの光を比較し、フェルメールの光が淡い光と霞がかつた映画の光なのに、レンブラントは光と闇の明確なコントラストはビデオの光だという指的摘も納得した。そのエラスムスを生んだオランダ17世紀の精神状況とつなげた見方ももう少し読みたかった。
だが藤田氏が論じているのは「真珠の耳飾の少女」や「牛乳を注ぐ女」などフェルメールの女性単身像だけであり、「デルフト眺望」や複数の人物像、、「地理学者」など男性像には当てはまらない。これをどう見るのか。私には女性単身像は隠された「聖母マリア像」であり、新教国における