松沢哲郎『想像するちから』

松沢哲郎『想像するちから』

 副題が「チンパンジーが教えてくれる人間の心」とあるように、チンパンジー認知科学から見た人間論である。松沢氏は京都大・霊長類研究所で「アイ・プロジエクト」というチンパンジーの心の研究をし、またアフリカ・ギアナで野生チンパンジーの生態調査も長年おこなってきた。人間にもっとも近い隣人の進化を知ることにより、人間の心とは何かもわかってきて、とても面白い本である。「心」と「ことば」と「きずな」から比較しながらチンパンジーと人間を考えている。人間とチンパンジーにおけるゲノムの塩基配列の違いは約1・2%にすぎない。
チンパンジーは父系社会で父は心の杖で、女性がグループの外に出る。松沢氏によると5年に一度子を産み、授乳の期間は長く、母親が一人で子育てする「シングルワーキングマザー」だ。人間は母以外にも父、祖父母も共に育てる「共育」である。祖母がいないのがチンパンジーだ。松沢氏は親子関係を比較し、人間は赤坊のときから、親子が離れ、子が仰向けで安定していられ、その結果目を見つめあい、微笑み会える新生児微笑、新生児模倣をあげている。
チンパンジーは道具を使える。ヤシの種を台石の上に置き、石で硬い種を潰し食べる。道具使用とことばなどシンボル使用は同型性があり、松沢氏は「行為の文法」から研究している。アイが色識別や図形文字や数字を数えるなど教えると習得するのはそこに基盤がある。だが三つ以上の関係をもつ統語関係は出来ない。チンパンジーは親が子に教えない。見習う学習だという。また松沢氏は言葉と記憶はトレードオフ関係にあって、直接的記憶、直感的記憶はチンパンジーの子にあり、人間の子にはないのは、人間が言語を獲得したために必要なくなったためだと説明している。チンパンジーは「今ここの世界」に生き、瞬間に呈示された目の前の数字は記憶するが、百年前の過去や、未来を思わないから、絶望も希望もしない。松沢氏がえた結論は人間の特徴は、「想像する力」だという。「想像するちからを駆使して、希望がもてる」のが人間で、そこがチンパンジーと違うという松沢氏の結論は説得力があった。(岩波書店