ヘルマン・ヘッセ『シッタルダ』

ヘルマン・ヘッセ『シッダールタ』


 ヘッセが第一次世界大戦後、戦争犠牲者慰問の仕事で、ノイローゼになり、スイスでヒッピー的生活をしていた時の宗教体験をもとに書かれた。「インドの詩」という副題がついている。悟りにたするまでの求道者の体験、ただ一つの言葉「オーム」に達するまでを描く。ゴータマ仏陀の悟りにすぐ入るのではなく、様々な遍歴をえるシッダールタの苦悩は読んでいて胸を打つ。
バラモンの子に生まれ神々といけにえを事とし、青年時には禁欲と思索と瞑想をもとに「真我の永遠」を求めた。仏陀に会いその教えに父に逆らい入るが、そこを去り、愛欲と富貴の商人生活を送り、思索人から小児人になった。だがその空虚さに絶望し自殺まで考える。だが川のほとりで隠者のような渡し守に会い、川から傾聴することにより、時間から超越することを悟る。そこにシッダールタのむすこが現れ、その子にたいする煩悩としての愛に悩まされるが、その輪廻から川を傾聴することにより時間は実在しないと悟り脱出する。「現在と過去も未来も同時だという感情、永遠の感情が彼の中にみちあふれた。深く、いつもより深く、彼はこのとき、あらゆる生命の不壊不滅と、あらゆる瞬間の永遠性を感じた」とヘッセは書く。
世界の瞬間瞬間の完全さ、あるがままの全面肯定、川も風も雲も鳥も昆虫も神性があり、多くを知り、教えることが出来るという考えは、「山川草木悉皆仏性」の仏教思想である。「世界を愛しうること、世界を軽蔑しないこと、世界と自分を憎まぬこと、世界と自分と万物を愛と賛嘆と畏敬をもつこと」がヘッセ汎神論的全面肯定の調和と統一の永遠の考えである。(新潮文庫高橋健二訳)