宮崎駿『本のとびら』

宮崎駿『本へのとびら』


 アニメ映画監督・宮崎さんの原点には児童文学があることがよくわかる本である。大学時代に児童文学研究会にはいっていたのも始めて知った。この本は戦後児童文学者・石井桃子さんがつくった岩波少年文庫からお薦めの50点を選んでコメントをつけた紹介が核になっている。アニメ「借りぐらしのアリエッティ」の原作ノートン作『床下の小人たち』は老婦人と少女が暖炉の前に居る挿絵が印象深いといい、(宮崎氏の挿絵論も面白い)自分たちが大きな人間で小人はひっそりくらしていると考えていたのに、今では自分たちこそ小人のような気がする時代になったとコメントしている。
 宮崎氏によれば、児童文学は「やり直しがきく話」だという。今では「やり直しがきかない」児童文学もずいぶん生まれているが、児童文学は「どうにもならないこれが人間だ」というのではなく、「生まれてきてよかったんだ」と子供たちにエールを送るもので、子供に向かって絶望を説くなというのが宮崎氏の基本姿勢である。東日本大震災以後、生きていくのに困難な時代が始まったと宮崎氏はいい、大量消費文明の終わりの第一段階に入ったと考え、轟々とした厳しい風が吹き出した時代にファンタジーは作れないとも述べている。このとき、自分たちの中に芽生える安っぽいニヒリズムの克服、「この世は生きるに値する」という児童文学の意味を宮崎氏は説き明かしている。
放射能の風が窓の外に吹き荒れている時、アウシュヴィッツで殺されたポラーチェク『ぼくらはわんぱく5人組』を宮崎氏は読む。宮崎氏が児童文学者の石井桃子さん「ノンちゃん雲にのる」や中川李枝子さん「いやいやえん」の魅力を語り、こどもの「ばかをやる権利」や、大人への不信と依存の同時性、現実と空想の境目のなさを論じているのも面白かった。(岩波新書