石川創『クジラは海の資源か神獣か』

石川創『クジラは海の資源か神獣か』

 前半は獣医師としてまだ謎の多いクジラの生態が生物学的に叙述されている。ところが、後半になると南極海調査捕鯨の調査船団長として環境保護団体グリーンピースやシーシェパートとの激闘が語られ、切迫した捕鯨戦争の実態が生々しく記されている。石川氏は合理的捕鯨論者である。捕殺個体のデータを収集分析し、常に致死時間短縮が払われているクジラほど動物福祉が実践されている野生動物はないという。資源論者でもある。だがこれほどクジラを愛している人もいないだろう。「神獣」論にも理解を示している。もちろん石川氏の立場への反対論者もいるだろう。私はクジラの生態の分析を面白く読んだ。熊を殺し肉食しながら、熊を神の使者として祭るかつてのアイヌの生き方を思い浮かべた。
 まだまだクジラの生態は謎がある。例えばクジラは本当に眠るのか。洋上に漂い静かに呼吸しているクジラは眠っていて、船舶と衝突する。最近睡眠と脳波のイルカ(ハクジラである)研究が進むと、片側の眼しか閉じず大脳左右半球が非対称で半分しか睡眠していない。広い大洋で外敵からの防衛と見られる。クジラは夢を見るのか。哺乳類の中でハリネズミとクジラは夢を見ないという。夢をみることにより、覚醒中の無駄な情報を除去するとすれば、それがないクジラは大脳皮質に加重な負担がかかるから、脳を巨大化するという仮説を紹介している。
かつてクジラは大洋を何千mキロも大回遊し、夏は餌が豊富な高緯度に住み、冬には暖かい低緯度に移動し繁殖と子育てをすると言われていた。だが石川氏によれば個体識別が進歩したためこの法則が当てはまらず、南北半球を自由に縦断する例もでてきて、クジラの故郷はいまだ不明だという。近年海岸に迷い込み座礁する(それも集団で)クジラが多く見られるが、この原因も諸説あり(内耳の寄生虫による聴覚障害、遠浅の海でのエコーでのコミュニケーション障害)地磁気に頼った航路決定の誤り説が有力ともいう。座礁クジラの安楽死も提案されている。クジラ(イルカ)は知的生命体だという強調が「神獣」のもとになっているとい考察も面白かった。(NHKブックス)