池田譲『イカの心を探る』

池田譲『イカの心を探る』

私はイカ刺し、塩辛が好きだ。そのイカが発達した神経系と巨大脳の持ち主で、イルカやクジラなみの「海の哺乳類」(イカは貝殻を脱ぎ捨てた無脊髄動物のタコと同じ頭足類)といわれると驚く。賢く社会性をもち、学習と記憶も備えているのだ。動物行動学は日本猿による京都大学などの霊長類学として世界的研究がおこなわれているが、池田譲氏のイカ学は、イカの知性を実験・観察して解明しようとした素晴らしい研究である。
貝殻を捨てた軟体動物が体の色を変え、群れを作り生きる防御手段として、神経系を発達させ、高精度の人間と同じレンズ眼(昆虫のよな複眼ではない)をもち、高度な情報処理の可能な巨大脳を備えた進化は凄い。イカの寿命は1年と短いが、神経質であり、新鮮な海水が必要で、飼育不可能な最後の海洋生物といわれてきた。イカの水槽での飼育が成功したのは30年ほど前で、ここからイカの餌付けが行われ、産卵行動が始めて明らかにされた。イカの脳は足の上に位置し眼と眼のあいだにあり、人間と同じ脳の「機能局在」という記憶など領野が分布している。池田氏は水槽内のイカに様々な実験をし、その記憶力、学習能力、奥行きなど図形解読能力を実証していく。この実験過程が面白い。さらにイカの自己認識や他者認識まで踏み込む。水槽に鏡を設置し鏡像自己認識でイカの自意識の存在を確認している。精神分析ラカンもびっくりだろう。他者を見分けるアイデンティティの実験も感動的である。
さらにイカの社会性も強く、順位制や恋の駆け引き、威嚇、さらに幼児期の「刷り込み」、群れによるソーシャル・ネットワークなどがみられ、他者とのやり取りが選択圧となり脳が大きくなる「マキャベリ仮説」もイカに見られたと池田氏は指摘している。霊長類学に匹敵する頭足類学が世界的になるかもしれない。(NHKブックス)