本川達雄『生物学的文明論』

本川達雄『生物学的文明論』


本川氏は前著『ゾウの時間ネズミの時間』(中公新書)で、動物のサイズが違うと速さが違い、寿命が違い、時間の流れる速さが違ってくるが、一生の間に心臓が打つ回数や体重あたりのエネルギー使用量は同じだという「サイズの生物学」を示した。ゾウではネズミより時間が18倍ゆっくり進んでいるというのだ。この本でも生物から見た視点で相対性の時間論が展開されており、「時間」を環境問題としてとらえ、省エネの質的充実したゆっくりの時間を主張しているのが面白かった。
前著でも動かない動物としてサンゴを、ちょっとだけ動く動物として棘皮動物ウニ、ヒトデを取り上げていたが、この本ではサンゴとナマコがよりくわしく生態が述べられている。そこから人間社会への文明論が展開される。サンゴは動物だが体内には植物である褐虫藻と「共生」してその光合成の産物で楽々生活している。サンゴの排泄物を褐虫藻がたべるエコであり、サンゴは10万ものポリブの群体である石造りの巨大マンション(サンゴ礁)を作り自らと褐虫藻や魚の繁殖を助ける。そのリサイクルの生態やサンゴガニ、ハゼ、イソギンチャクやクマノミとの共存共栄も生物多様性のあり方を示している。
「生物は円柱形である」というデザインから生物と人工物の違いを論じたところも面白い。ここでナマコが登場する。本川氏は「ナマコ天国」という歌を作詞作曲しているくらいのナマコ研究者だ。ナマコの教訓は説得力がある。ナマコは硬さの変わる皮を持っている。ナマコに触ると皮を硬くし身を守る。強く引っ張るとその部分がドロドロ溶け腸を吐き出し、それを魚が食べているうち逃げ出す。それは再生される。この柔軟性がナマコの特性であると共に、硬さの変わる皮は筋肉の100分の1のネルギーしか必要としない省エネ動物である。ナマコはあまり動かず、砂のなかの有機物をたべ、脳も神経系もない。脳死問題はナマコにはない。哺乳類のようなたくさんのエネルギーは使わない。本川氏はナマコには逆転の発想がり、食べ物を求め駆けずり回るのでなく、食べられない周りの砂を食べて動かない。脳はないが賢いと本川氏は述べている。確かに現代人は超高速時間動物だからナマコはヒトの対極にある。(新潮新書