内田亮子『生命をつなぐ進化の不思議』

内田亮子『生命をつなぐ進化のふしぎ』



 生物人類学とは進化生物学の枠組のなかで人間という対象にアプローチし、さらに生物学と文化・社会的要因との関係を総合的に研究する学問である。霊長類など様々な動物の生命現象を観察し、さらに生命科学、考古学、人類学まで視野に入れた内田氏のこの本は、人間生命とは何かを教えてくれる。
内田氏は食べること、繁殖行動、育てる、みんなと生きる、老化、死まで考察していて興味深い。私が面白かったのは、なぜ人間は単独でなくグループでみんなと生きるのかをサルの一種ムリキ、テナガザル、チンパンジーの一種ボノボ、野生ヒヒから考え、犬歯や精巣の在り方や序列社会とストレスまで分析し、その協力形態の進化を人間とつなげている点である。動物の協力行動は近縁者や互恵的関係を維持できる相手にかぎられるが、人間の特殊性は大集団の公共的協力、直接的互恵性がない不特定多数に対する協力ができる点にあると指摘している。霊長類における脳の大きさの進化は、他個体との関わり方にあるという「社会的脳仮説」や、関わる個体の社会的情報が多くなることで、大脳新皮質が大きくなるとの説を紹介している。
他人に見られて生きるや信頼の化学、ただ乗りする個体への「互恵的懲罰」などを動物的社会からの進化として見る視点も興味を引く。また動物群内で雄雌のつがいで長年生活している種は脳が大きくなりやすく、異性のパートナーとうまく暮らす、連れ合うことが脳に大きな負荷のかかることで、社会的情報処理の必要性を高め、脳の進化の要因になるという説には同感した。生命の不思議さを感じさせる本である。(ちくま新書