J¥・S・ミル『大学教育について』

J・S・ミル『大学教育について』



 19世紀英国の思想家ミルの大学教育論であるが、大学教育の原点を説いていて興味深い。教養教育の重要性を説いているように見えるが、人文・社会科学と自然科学の「二つの文化」の統合を提起していて、現代にも通用する。文系・理系の統合と宗教・道徳教育、芸術教育まで広げた全人的な真理探究と正しく行動する意思の涵養まで行う理想型の大学をミルは望んでいる。最高の知性とは「単に一つの事柄のみを知るということでなくて、一つの事柄あるいは数種の事柄についての詳細な知識を、多種の事柄についての一般的知識と結合させるところまで至ります」とのべている。大学は専門知識教育の場でもないし、キャリア・職業教育の場でもないというミルの一般教養教育の重要性が強烈に出されている。
いま日本では教養教育は解体され、細分化された専門教育やビジネス用職業教育に傾斜しつつある。文学教育でギリシャ・ラテンの古典語で原典を読むことが、いま自分が住んでいる現代英国のものの見方語り方を相対化するため必要と述べている。バイリンガルがたんなる語学習得でなく、自国文化を相対化し深く知るためにも必要というのは納得がいく。日本前近代の漢学教育を思い出させる。ミルは科学教育の観察と推論のものの見方を学び、そなための数学、生理学、心理学まで含めて教養に入れている。また「道徳科学教育」に歴史哲学、経済学、法律学国際法までもいれているのは、道徳倫理としての学問論として面白い。
ミルの大学教養に「美学・芸術教育」を必修にしているのも重要である。英国で美学・芸術教育が軽視されるのは商業面での金儲け主義と宗教面での清教主義と指摘し、美学という「感情・情操の教養」が人間性の完成に必要としている主張には同感した。日本の大学では、芸術系大学でないと一般教養にはなかなかそうした詩的教養は軽視されていく。そうした精神的資本を社会でいかに貢献していくかも論じられている。現代大学界でぜひ考えて欲しい主張である。(岩波文庫、竹内一誠訳)