池谷祐二『脳はなにかと言い訳する』

池谷祐二『脳はなにかと言い訳する』


 脳科学者が脳の無意識の活動をエッセイ風に書いたものだが、脳科学研究最前線がやさしくわかる。その上、言い訳や錯覚、度忘れ、ダジャレ、不安、うつ、あいまいさなど日常生活の脳活動を科学的に解明していてくれるのが面白い。たとえば言い訳について、自己維持本能からだとし、融通の聞く記憶ときかない記憶から説き、学習のスピードよりもゆっくりとした学習の方が、人から聞いた上っ面の情報に流されない性質から重要といい、言い訳の効用を認めている。
池谷氏は大脳皮質の一部で記憶を司る「海馬」の研究者である。歳をとると脳細胞が減ると言われるが海馬の神経細胞は増殖する。とすれば記憶力と神経増殖は深い関係があることになる。この増殖能力を利用してシャーレの中で増やして脳に再移植し脳疾患を治療できる再生医療の可能性も指摘している。だが池谷氏は「度忘れ」に関してもほんとうに忘れているのではなく、記憶を呼び出せないだけで、「思い出す」という脳作業の不思議も解明しょうとしていて面白い。度忘れ解消法は「似た状況をつくる」事だとも言う。
「脳は何かとウソをつく」の章では、神経細胞の電気活動の「ゆらぎ」が、自由意志や選択の究極の決定ということになる。脳唯物論だと、自由意志はなく、選択を否定する自由否定があるだけだというのも面白い。アイデアを生み出すのもこの「ゆらぎ」だということになる・すべてが、脳機能と遺伝子で説明され決定されていくことには、あまり賛成できないが、池谷氏によれば、脳は身体の一部という考えだから唯脳論ではない。夢とか笑い=ダジャレ、期待や曖昧などの論を読むと、脳の柔軟性と、先天性だけでなく経験的後天性も重視しているのでホッとする。(新潮文庫