渡辺京二『維新の夢』

渡辺京二『維新の夢』


 渡辺氏は「逆説の力学」の史論家である。ある歴史的事象を「歴史法則」という基準により、進歩史観対反動史観で硬化させるより、進歩が反動になり、反動が進歩にもなる逆説の構造を明らかにしようとする。近代と前近代それにポストモダンの逆説を解明しょうとする。「複雑系」で歴史をみる。維新前の江戸期文明が、訪れた外国人の目を通して封建社会の硬化した社会でなく民衆世界では、共同心性において優れた文明だったかを書いた『逝きし世の面影』(平凡社ライブラリー)は、傑作であった。この本でも明治維新は西欧の衝撃での開国であり、幕末社会の民衆は幸福な安定した生活秩序と豊かな文化で暮らしており、内部から西欧的価値の動因はなかったと見ている。
この本で面白く渡辺氏の逆説の史論が読めるのは、西郷隆盛と明治10年戦争(西南の役)である。司馬遼太郎翔ぶが如く』を批判し、また戦後の不平士族反動・下級士族の軍事独裁とか、毛沢東的農村コミューンの反乱とかを退け、二重性をもった複雑系の視点を導入し、逆説的に第二維新を目指した西郷をみようとしていて魅力的論考である。ロシア革命トロッキーを感じてしまうのは、私の読み間違いだろうか。西郷の前半生において革命運動で多くの同志を死なせた結果「裏切られた革命」になる挫折感や、同志月照を救えず共に死のうとしたが、西郷だけ助かった悔悟、さらに南島(大島や沖永良部島)に流され、民衆の共同体の発見が後半生の、藩閥官僚の「有司専制」の近代導入への人民抵抗権へと繋がっていくという。渡辺氏は西郷の反乱は民に奉仕する政府、漸進的開化、村コミューン、道義的アジア連合があったが、思想的弱点として下級士族が前衛となる階級性、西欧列強に対し国権を張ろうとするため、中国・朝鮮への帝国主義視点(桐野利明ら)を指摘している。「昭和の逆説」という論考も面白かった。歴史を見る目が渡辺氏の本を読むと豊かになる。(ちくま学芸文庫、小川哲生編)