アブー・ヌワーズ『アラブ飲酒選』

アブー・ヌワーズ『アラブ飲酒詩選』


 8世紀から9世紀にかけてアッパース朝イスラム帝国最盛期の詩人アブー・ヌワーズの詩集である。イスラムでは「コーラン」で酒は禁じられているのに、堂々と飲酒礼賛の詩を書き、唐詩人・李白のような酒の楽しみを歌った。アッパース朝では飲酒はある程度寛大だというが、ヌワーズの詩を読んでいると、罪の意識とそれへの反抗が歌われているし、酒家はユダヤ教徒キリスト教徒が経営しているとも書かれているから、やはりこうした詩を歌うのは勇気があったといえる。
神学者から飲酒を非難されたとき「自称哲学者」という詩で「君が狂信者であったちしても、宥しを禁じないでくれ。宥しを禁ずることは宗教への冒瀆だ」と歌い、形式主義に抵抗する都会の遊蕩児の本心を述べている。「私は世人に非難されると、ますます酒がほしくなる」といい、「違反せよ」という詩では「礼拝か、断食の時がきたら、飲酒によって断食を打ち切ってしまえ。そして酒を飲んだら眠ってしまえ。生きている限り、常に違反せよ、世人が代々伝える俗習には。」失恋してから少年に男色にふけるヌワーズの詩は迫力がある。ヌワーズは李白と違って、世を超越した自然のなかで駘蕩と酒に没入するよりは、世俗のイスラム社会の真ん中で、遊蕩を抵抗の力とした詩人で、酒への没入は酒=神秘主義の匂いさえする。
だが晩年は「己が熱心に求めていた日夜は遊蕩三昧の明け暮れ。私は悪事の限りを尽くしてしまった。アッラーよ、お許しを、お赦しを、お宥しを」と悔恨した詩を書いたが本心かどうか。私はアラブで起こっている民主運動の報道を読みながら、ヌワーズの詩を抵抗詩と勘違いしたのかもしれない。ヌワーズも何回もカリフから投獄されて死んだ。訳詩はやさしく読みやすい。(岩波文庫,塙治夫編訳)