ヘミングウェイ『海流のなかの島』

ヘミングウェイ『海流のなかの島々』


 20世紀戦争の時代を生き、晩年はキユーバの海を愛して自ら命を絶った作家の死後刊行された小説である。『老人と海』は、この作品の副産物という。『老人と海』でも老漁夫が巨大なカジキマグロと死闘を演じ「おれは死ぬまでたたかってやるぞ」という。この小説の第一部「ビミエ」でも主人公・画家ハドソンの息子の少年が、巨大魚を釣り上げ6時間も死闘を繰り広げる。最後は逃すが、老人も釣り上げてもサメに獲物を奪われるというどちらも成果がなく闘いのみが、生の実感として残る。フロリダ海流やキューバ沖の海の描写が迫力あり美しい。
ヘミングウェイにある「喪失」感の深さと、それを取り返す闘いの「生」の輝き、「死」への憧憬がこの小説には溢れており、自殺への遺書のようにも読める。第一部では離婚した二人の妻が産んだ3人の息子が、夏期休暇でビミニ島を訪れ父ハドソンと海ですごす。そこには深い父性愛が綴られる、だが第二部キューバでは息子の一人が戦死、二人が交通事故死してしまう。その「喪失」と「無」が描かれ、離婚した妻や不毛な恋愛が描かれる。第三部洋上では、第二次大戦期、キューバ沖で撃沈されたドイツUボートの兵隊9人を、沿岸の島々のマングローブ繁る水路に追い詰め、銃撃戦の末殲滅するが、ハドソンも憧れの「死」を遂げる。
主人公ハドソンは悲劇的人物だが、その英雄的行動主義の底には、喪失の不安と虚無的心情がどす黒く澱み、そこに生の輝きを充満した海や自然が簡潔単純に描かれているのが魅力である。ヘミングウェイの小説の特徴である短い繊細な「会話」を積み重ね、人間同士の関係を抉り出していく手法は、この小説でも素晴らしい。(新潮文庫上・下巻、沼澤洽治訳)