ボルヘス『創造者』『詩という仕事について』

J・L・ボルヘス『創造者』
J・L・ボルヘス『詩という仕事について』
 


二冊ともボルヘスの晩年の詩集と詩論である。そこには高齢で盲目状態になり死が近づく衰残のなか、悲しみながら諦念をもち、だが詩創造に賭けていく情念が見える。詩集『創造者』は青酸カリ自殺を遂げたアルゼンチンの詩人ルゴネスに捧げられ「明日はわたしも死ぬ、わたしたち二人の時はない交ぜられ、年譜はかずかずの象徴の世界に消える」で始まる。「砂時計」という詩は「一切をさらい消してしまうのだ、この疲れを知らぬ 無数の細やかな糸は。わたしが救われるはずがない、時の 偶然の産物、脆くはかないこのわたいが」と歌う。図書館長で博識な本の読み手のボルヘスに失明が襲う。「わが闇の裡にあって、おぼつかない杖を頼りに、わたしは急がず、虚ろな薄明をさぐり歩く、一種の図書館という形で 楽園を思い描いたこともあるわたしが」(「天恵の歌」)
「王宮の寓話」では詩人が王宮の細部まで詩に書き、皇帝に「よくも余の王宮を奪いおったな」と首を刎ねられる。ボルヘスの詩には夢、迷宮、月、鏡、虎が多く出てくる。「夢の虎」で幼いころ熱烈に虎に憧れたが、無力のため、わたしの夢は形の崩れた剥製の猛獣しか生み出せない(「夢の虎」)。ダンテの「地獄編第一歌、三十二行」で詩人は「世界のからくりは、人間の単純な心にとっては余りにも複雑だからである」と詩人の諦念を歌う。一人の人間が世界を描いても死の直前にその忍耐強い線の迷路は、彼自身の顔をなぞっていただけと気付くと「エピローグ」で歌い、この詩集は終わる。鼓氏の訳詩は良い。
『詩という仕事について』はハーヴァード大学ノートン詩学講義である。ここにはボルヘスの詩、小説、物語についての博識な古典の読みを中心に文学論が述べられている。この中でボルヘスは、詩における「隠喩」を語り、目と星、女性と花、時と川、生と夢、死と眠り、火と闘いなどを挙げ、少数の単純なパターンから異なる変種が生み出され、また「人間の織物」とか「クジラの道」のようなパターン化されない隠喩も生まれ、そこに詩の醍醐味があると語る。ボルヘスを知るためにはぜひ読みたい本である。(二冊とも岩波文庫鼓直訳)