『現代思想 古事記』

現代思想 古事記』(2011年5月臨時増刊号)



 「1300年目の真実」と銘打たれている。いま「古事記」研究がどういう状況にあるかが良くわかる特集である。巻頭論文で哲学者・梅原猛氏は、「古事記」は日本初の公式歴史書日本書紀」を作るための準備の書で、稗田阿礼藤原不比等だという仮説をのべている。だがこれまで否定的であった出雲神話に、多量な青銅器を含む考古学的遺跡が発見されたため、九州・日向に源を発するヤマト朝廷の以前に出雲のオオクニヌシが古代日本の半分を支配する王朝を築いていたと自説を訂正している。  
記紀」と総称されるが、いまや「古事記」と「日本書紀」はまったく別物であり「日本書紀」がヤマト朝廷の正統化のための歴史書だとすると、「古事記」は敗北していった出雲の鎮魂神話を多く含む叙事詩だというのが、常識である。古代文学者・三浦佑之氏は「出雲世界へ」という収録論文で出雲神話の基盤に「日本海文化圏」があり、ツクシーイズモーコシースワまで広がっていたという。その上で出雲神話をほとんど削除した「書紀」に対し、「古事記」は出雲の神の活躍と国譲りの神話で経験された滅亡の物語で、序文は偽書だという。三浦氏と社会学者・上野千鶴子氏の対談は面白い。言語論的転回の後の古事記研究を、アマテラスは何故女神なのかとか、世俗王と祭祀王の二重王権論とか、兄妹の近親婚とかを語り合い、古事記の核心に迫っていく。また宗教学者鎌田東二氏と文芸批評家・安藤礼二氏の対談も折口信夫学を中心にして、古事記日本書紀の相違や聖なる場所などを語り、一読の価値がある。(青土社