矢川澄子『わたしのメルヘン散歩』

矢川澄子『わたしのメルヘン散歩』


  「本とはふしぎな王国だ」で始まる。おとなしい白い紙の上に驚異を秘め、本の中の住人に生身の友人になるという矢川の「本のなかの子供」を中心にしたメルヘンの紹介である。「ハイジ」の作者シュピーリ、「若草物語」のオルコット、「ふしぎな国のアリス」のキャロル、「ニルスのふしぎな旅」のラーゲルレーブなど19人の作家を取り上げ、創作の秘密や子供像を探っていく。荒俣宏氏が解説で言うように、「物語の中で反乱を起こす子供たち」の意見を救い上げる視点からメルヘンを語っている。
 私が面白かった点を挙げる。「大草原の小さな町」のワイルダーは異常なまでの記憶力で、アメリカ開拓民が、人間に必要最低限の「小さな家」の安心な居場所で素朴な手づくりの道具で、過酷な自然現実に楽天主義で立ち向かう秘密を語る。「麦と王様」のファージョンは兄とのふしぎな霊的結合の少女時代と、成長後の精神的三角関係により一生独身で過ごしながら、虚実のあわいを変幻自在に飛び越えるメルヘンを書く。シュピーリはスイスで夫、息子の手がはなれた50歳過ぎから書き始め、人間の欲望は他人を喜ばせずにいられない本性をも備えているとし、自分より弱いもの、小さな者への憐れみを書いた。「若草物語」のオルコットは、一生独身で過ごし、一家の美と理想の護り手の役を買って出た自己犠牲で父の破産を乗り切る。
 「ピーター・ラビット」の作者ポターは若いときの絵本製作を50歳で捨て、冷静な科学的頭脳で農耕に勤しみ品種改良で屈指の農業経営者になる。矢川はキュリーやレイチェル・カーソンのようにもなれたという。ラーゲルレーブは7歳まで左足が悪く車椅子の肢体不自由児で、一生独身だったが、矢川は幼少期に病者・弱者だったことが彼女のメルヘンを解く鍵と見ている。メルヘンを読むときこの本を読んでいると一層楽しくなる。(ちくま文庫