マルセル・モース『贈与論』

マルセル・モース『贈与論』


1920年代西欧の世界大戦の戦間期に出版された文化人類学の古典だが、いま注目されている本でもある。それは市場原理主義に対し「贈与」交換を、社会主義に対し協同組合主義を提示しているからだ。モースはメラネシアポリネシアアメリカ先住民、インド、ギリシャ・ローマの民俗誌の資料を該博な知識で用い、「原注」だけで半分ぐらい占めている。この原注を丹念に読み、イロクオイ族やサモア族、インドやローマの法を考えるのも楽しみだ。
モースの方法は比較民族学だが、同時に経済現象を独立した事象として捉えるのでなく、政治、宗教、法、道徳という全体的社会現象として把握している。経済活動も贈与や権威、信用、コミュニケーションの象徴行為と考えられている。「贈与」が物を介した人間同士の交通と見られる。第一章は「義務的贈答制と返礼の義務(ポリネシア)」でマオリ族の贈られた物の霊(ハウ)の贈答義務と、神への贈与(供犠)が論じられる。第二章「贈与制度の発展―鷹揚さ、名誉、貨幣」は一番長く、環太平洋圏のトロブリアンド諸島とアメリカ先住民の分析になり、物を贈る義務としての鷹揚な浪費「ポトラッチ」に繋がる指摘と、霊力の宿る物から貨幣の発展まで論じられる。第三章では古代ローマ法と古典ヒンドゥー法、ゲルマン法の贈与理論が述べられている。
第四章「結論」は現代社会と贈与について述べられているが、ここにモースのユートピアがデッサンされていて、読み応えがある。西洋社会は、人間を利を求める「経済動物」にしてしまったとモースはいい、商品の美的、道徳的側面を考え、さらに社会保険と互助組織、協同組合、職業団体、共済組合など現代の「贈与思想」の重視に到る。モースの思想は人類史の長い射程で論じられており、文化人類学の古典ではあるが、近代の袋小路を抜ける示唆をも与えてくれる。(ちくま学芸文庫・吉田禎吾・江川純一訳)