ロヨラ『霊操』

イグナチオ・デ・ロヨラ『霊操』

 16世紀カトリック教でイエスズ会を創立したロヨラの神秘体験を基に書かれた宗教的思想と修行法である。訳者で解説を書いている門脇佳吉氏が言うように、先に読んだ道元の禅仏教と似通う点が多い。道元では座禅、ロヨラは観想により、意志の力で「行的行為」を目標にする。道元では「仏」、ロヨラでは「キリスト」と同一化しょうとする。どちらも邪な執着、我執、自愛心から離脱し、道元では「無」ロヨラでは「不偏」の修行が重んじられる。ロヨラは「霊操は、どんな乱れた愛着にも左右されずに、自分自身に打ち勝ち、生活を秩序づける」というが、道元の言葉でもおかしくない。
だがロヨラの霊操は禅仏教と大きく違う。私が驚いたのは善霊と悪霊との演劇的対立と霊的闘いの構図であり、キリストの生涯と神秘的出来事への「観想」という名の演劇的想像力による一致であり(俳優が役に同一化するようだ)、「我々の貴婦人」(聖母マリア)の崇拝と奉仕の精神である。ロヨラの騎士時代の名残なのだろうか。霊操者に必要なのは「大勇猛心」なのだ。道元の座禅が心身を一致させ、自我の呪縛から脱却し「悟」にいたる。が、ロヨラは、受難・受苦のキリストと愛による親しい交わりと相互譲与に達したならば、行為的自己として社会に参画し、救いと奉仕を行わなければ成らない。神を賛美し奉仕するのだ。
ロヨラの芸術的想像力と戦闘的神の騎士像が、霊操というキリスト教神秘主義の基盤にあるように思う。門脇氏の解説は一読の価値がある。(岩波文庫・門脇佳吉訳・解説)