宮地伝三郎『アユの話』

宮地伝三郎『アユの話』

 50年前の本だが34刷りを重ねている動物生態学の古典だろう。アユという魚の生態を研究グループが手間隙かけて野外観察をしながら探っていく方法は、遺伝子など実験室でのコンピユータを使い工学的手法で進める研究に比べると懐かしい生物学お原点がある。アユの「なわばり制」や川魚の「すみわけ」など今では常識になっているが、50年前に宮地氏のグループが綿密に調査したからである。ダム建設など河川環境の激変が始まった時代に、アユの放流や養殖など自然保護から淡水魚の漁業管理までの先鞭が、この本にはある。アユの稚魚を放流し養殖するには、その川に何尾のアユがすめるかというアユ密度が必要になり、アユの行動が解明される必要がある。
 この本が面白いのは、海から川へ、さらに海に帰る両面性のアユの生活史を徹底的に追い、動物経済学とでも言っていい社会行動を述べている点である。アユがなわばりを作り、そこに侵入してくる他アユを追廻し排除していく攻撃性は、友釣りの手法として釣り人に知られている。宮地氏によると「なわばりアユ」と「群れアユ」がおり、順位制もあるという。群れアユのなかでも常に排除され餌である石面の藻が食べられない「やせアユ」も存在する。アユは人口密度に応じて社会構造を変える。なわばり行動をする魚は、スズメダイメジナ、タナゴ、トゲウオなど進化したというより特殊化し、狭い環境にはまり込んだ生活をする魚類に多いと宮地氏はいう。海から川へ、開放的環境から閉鎖的環境に入り、川の中の区切られた地形に入り込んだ時、アユのなわばりが成立する。高密度のときは特殊化は極限になりなわばりは破れ、海の群れの形に戻る。アユ、サケ、マス、ウナギなど淡水と海水の両面の二重性をもつ魚類の生態は、面白い問題を抱えている。(岩波新書