三島憲一『ニーチェ以後』

三島憲一ニーチェ以後』


 三島氏はドイツ思想の研究者でニーチェベンヤミンなどの著書がある。この本もニーチェベンヤミンハイデガーデリダハーバーマスなどの思想を扱ったものだが、三島氏は現実的な批判精神から普遍的理性の可能性を探り当てようとしている。私が面白かったのは随所にみられる日本の思想界、思想家への厳しい批判である。
ニーチェに発するニヒリズム論が50年代に西谷啓治的な無のナルシズムに輪廻転生し、90年代以降激しさを増す似非愛国的言辞へと吸収されたという。個人より全体を、人権よりノーブレスオブリージュを、悪平等でなく、品格ある上下関係をたたえ、選別による差異を、理性的社会契約の国家より「ひとつになろう」といった共同体の共属感にニーチェが利用されたという。
また西欧の思想家を自分が世界を見る枠組として利用するだけで事足れりとし、学派が仲良しクラブになり、大学―学会で自己が専門とする思想家の偶像崇拝化がおこり、他の思想家と「神々の戦い」になり排除構造が起こる。それは思想家だけでなくフェミニズム、カルチュラルスタディズ、ポストコロニアリズムなどの学派まで浸透していると批判している。思想の専門細分化が起こる。
 私が興味を持ったのは終章の「ハーバーマスデリダのヨーロッパ」である。これまで普遍的理性やコミュニケーション的行為など両者が対立的思想として見られ、相手を批判していた。2000年代になって、イラク戦争以後共同宣言を出すなどコスモポリタン・デモクラシーで急接近し、ヨーロッパ公共圏の思想をカントとニーチェの出会いで主張している。差異に敏感な普遍的理性と、脱構築啓蒙思想の融合が、ハーバーマスデリダの連帯になっているという指摘は考えさせられた。(岩波書店