ガレン『ルネサンス文化史』

E・ガレン『ルネサンス文化史』

 イタリア・ルネサンス研究の碩学ガレンの鳥瞰図的なルネサンス論である。この本は危機の時代にルネサンスの知的基盤になった新しい現象から解き明かされてく。古典の発見は、ギリシア・ラテンの文献のフィレンツェなどでの図書大収集と図書館の拡充から始まる。同時にギリシア語、ラテン語ヘブライ語の学習が広がる。また古典回帰が創造的進歩の考えとからみ合い、模倣論争をえて自律的創造力の称揚に到る「人文主義」になる。図書館とともに写本の書体の機能性と明晰さへの変革になり、それが印刷術の発明に到る。プラトン哲学の勝利、天文学の進展、印刷術の発明がルネサンスを特徴づける。
 ガレンの本の面白さは人物の的確な比較にある。マキアヴェッリの『君主論』とカスティリオーネの『宮廷人』を比較し、純真で夢見がちな理想主義と,覚めた眼で人間の残酷さを見る政治的現実主義、それにエラスムス人文主義世界市民との対比がある。ガリレオとベイコンの対比。ベイコンの百科全書的新体系と啓蒙主義に対し、ガリレオの器具の使用と力学の数学的解明がある。
ラファエッロの筆触から溢れる光は人文主義の平和と調和の均衡の理想的人間を描き、ミケランジェロの恐ろしいほど不可解な人間の運命、自然の力との闘争、人間の罪を購う神という錯綜・対立の世界との対比をしている。レオナルド・ダビンチの荒れ狂う自然の中でその力に翻弄され、神にみすてられた宇宙にあっても、人間の探究と試行の手を休めない人間の悲哀と偉大の対比が書かれている。
 人間の個人の自由な活動や自然の力を支配する「力量」と、人間の手に負えない出来事に本来的に潜む予見不可能な「運命」との関係をルネサンス人が追及したという思想が、ガレンの本から伝わってくる。(平凡社ライブラリー・澤井繁男訳)