吉本隆明『詩の力』

吉本隆明『詩の力』


 詩人吉本さんの戦後現代詩、短歌・俳句の作者28人の紹介だが、戦後詩歌論としても読める。また現代詩が音数律を内面的にも形式的に片付けたが、戦後派の詩歌に共通する特徴は、風景などの客観描写よりも主観性が作品の中心になっていると吉本氏は指摘する。田村隆一鮎川信夫の「荒地」グループから谷川俊太郎、荒川洋冶、野村喜和夫城戸朱理までの流れも捉えている。短歌では俵万智、西東三鬼、近藤芳美、塚本邦雄、俳句では夏石番矢角川春樹まで視野にいれている。また歌詞論もあり、中島みゆき松任谷由美宇多田ヒカルまで論じている。
 私が面白かった点を挙げる。谷川俊太郎純粋詩は「倫理的でないこと」が特徴だと吉本さんはいい、小さな何でもない主題こそ人間性に重大であるという価値観を持っているともいう。俵万智という歌人は自分を特別な人間と思っていない点があり全部が日常いってもいいという。それも話芸でいう「ボケ」でやっているが、本心はわからないともいう。清岡卓行大岡信飯島耕一のシュールリアリズムの詩は感覚の純化、始原性を表現しており、言葉の強さと行の転調の奇抜さや唐突さが流れになっていると指摘している。
 吉本氏の対比が面白い。塚本邦雄は同性愛的イメージを短歌に盛り込み日本浪漫派的だが、岡井隆は性的イメージの生々しさをアララギ派写実主義で描く。中島みゆきは女芸人的で伝統的心性があるが、松任谷は大都会の心性だが自己相対化できる詩人という。また暗喩の詩人(藤原定家)と直喩の詩人(西行)とをわけ、暗喩の詩人に谷川雁平出隆松浦寿輝野村喜和夫をあげ、直喩に荒川洋治城戸朱理を挙げているのも面白かった。西東三鬼の俳句を戦後派の特徴である主観性の句として解説しているのも、夏石番矢の俳句を「日本語の家庭内暴力」といい、親(俳句)が極端なところまで譲歩し、子(言葉)が限界近くまで暴れるとは名言だと思った。(新潮文庫