ダーントン『猫の大虐殺』

ロバート・ダーントン『猫の大虐殺』


 18世紀の民衆の社会史・文化史の先駆的な書である。一般庶民の精神世界を文字記録が少ない時代に人類学の手法で解明しようとしている。「農民は民話をとして告げ口する」では、民話が18世紀農民の現実生活の反映と考え、それが収集・洗練され、マザーグース童話集やペロー童話さらにグリム童話に結実したとし、継母や孤児、果てしない過酷な労働、飢饉、放浪など過酷な残忍な社会が童話集の中に見られるとダーントンはいう。「赤頭巾」「長靴をはいた猫」「親指小僧」などを分析し民話は屈辱を主題とする強者と弱者の主客転倒の物語と位置付け、抜け目のない弱者は、屈辱的笑いを強者に浴びせかけると言う指摘は面白い。ドイツ民話は超自然的、神秘的、残酷さがあり、フランス民話は抜け目のない弱者の狡猾な詐欺的な反抗があるともいう。
 「猫の大虐殺」ではパリの印刷工場でのブルジョア親方夫妻と印刷工の間に起こった猫の大虐殺を取り上げ、猫のあらわすシンボルが魔法使い、性行為、家庭生活であるという意味を含み、猫を虐殺する印刷工の儀式が、親方主人への反抗であり、裁判であり、祝祭気分のカーニバル的路上劇であり、反復される演劇であるとダーントンは解釈していて、当時の印刷工の心性史になっている。
「読者がルソーに応える」は読書の歴史の試みである。ハーヴァード大学図書館長だけあってダーントンは、ルソーがどう読まれたかをラ・ロシェルの一商人の記録から辿り、18世紀末読書革命(集中型読書から拡散型読書へ)が必ずしも正しくなく、ルソー型読者は一冊のテクストに没入し自分の生活に役立てたし、双方向性の情熱があったと考える。電子書籍の読書の時代を踏まえまだまだ読書史は十分に解明されていない。(岩波現代文庫・海保眞夫・鷲見洋一訳)