フランドロワ『アナールとは何か』

I・フランドロワ『「アナール」とは何か』

20世紀フランスの新しい歴史学について13人のアナール派歴史学者が語っていて興味深い。すでにその機関誌「社会経済史年俸」は100年の歴史を持っているのに驚く。マルク・ブロク、リュシアン・フェーブル、フェルナン・ブローデルによって始められた新しい歴史学は現代歴史学に大きな影響を与えた。その「学派」について語られる話は人文科学と自然科学の結合などまだ全貌は知られないし、変化も激しい。
 出来事史や政治史から脱して、教区帳簿など公文書館の資料の徹底した解読からの生活史、社会史の視点、歴史人口学の重視、地理学と結合した自然空間への注目、長期持続の時間観、心性史や感性史、医学史や死の歴史的考察、気候の歴史など自然科学との関連、歴史に残らない無名民衆の個人史のようなミクロの歴史などが、アナールの特徴として挙げられる。この本では、コルバンやル=ゴフ、ル=ロワ=ラデュリなどの対話が面白い。「臨床医学の誕生」や「狂気の歴史」を書いた哲学者ミシェル・フーコーもアナールと深い関係があったことがわかる。また文章記述に重きを置き「歴史=物語」を否定していないのも特徴である。
 いまアナール学派は、計量歴史学から次第に感性の歴史さらに表象の歴史やミクロ歴史に移りつつあるという指摘も面白かった。この本を読むと歴史学が単独の学問でなく自然科学、人文科学など学際の学に成って来ている事がよくわかる。だがアナールにより歴史学が解体しますます細分化・断片化し、構造を重視したため主体が曖昧になり、長期持続で出来事が無に帰し、学際的になりすぎ歴史学の主体が消失する問題も出てきている。(藤原書店・尾河直哉訳)