木村栄一『ラテンアメリカ十大小説』

木村栄一ラテンアメリカ十大小説』

20世紀後半はラテンアメリカの小説時代だった。私もその小説世界に魅力を感じ幾つか読んだ。日本の小説にない全体性、重層性、物語性、時空性、猥雑性などに引かれた。木村氏の本はそこから十大小説を選び、作家と小説の懇切な紹介をしていて、読んでいて楽しい。木村氏によれば、その小説にはインディオの民話や伝説が腐葉土になっており、それに20世紀西欧文学の前衛であるシュールリアリズムやプルーストジョイスなどの影響があるという。その混血性。「魔術的リアリズム」とはアストゥリアスが言うようにインディオ特有の心性や魔術的想像力と深く結びついている。アストゥリアス「大統領閣下」やマルケス百年の孤独カルペンティエル「失われた足跡」フェンテス「我らが大地」などの小説世界に混血による重層性がみられる。
南米の歴史は連続性をもった進歩史観では捉えられない。スペインが16世紀に征服する前の文明は、マヤ文明のように石造りの遺跡を残し失われ断絶している。断絶史観だ。それは原始・未開と現代が同一空間に並存することにもなる。バルガス=リョサの「緑の家」、カルペンティエル「失われた足跡」にはそうした重層性・並存性が見事に描かれている。時空の歪みや循環性、永遠と不死の思想は、ボルヘスの「エル・アレフ」などにも見られる。近代の南米が独裁者とクーデタの連続の歴史をもつ。独裁者小説ともいう小説世界がマルケスアストゥリアスさらにアジェンデ「精霊たちの家」にまであって特異な小説になっている。
木村氏が指摘しているようにラテンアメリカ文学には、今小説に失われている「物語」が豊かな想像力であふれており、読んでいて面白い。(岩波新書