森毅『数学的思考』

森毅『数学的思考』
  『魔術から数学へ』

 森さんは数学者だが2010年に亡くなった。この二冊は数学史だが、森さんらしく西欧近代の精神史・文化史であり、その語り口は「学術講談」といった趣むきである。現代数学を歴史的視点でみている。数学の純粋性や永遠不変という迷信を否定している。森さんの文明史観も面白い。ギリシャ人たちは、数学を現実から超越させ純粋性の静的体系にし、アラビア人たちは、数学を現実に密着させたため、法則の体系化がなされず、代数学を問題解決術に留めたという文明史観もある。17世紀江戸期の関孝和和算が未成熟の原因は普遍理念より個別的現実を重視し、コスモロジーにいたる妄想力の欠如が、西欧のような数量的世界観を成立させなかったとも言う。
森さんは16世紀の魔術師の時代時代と宮廷人の18世紀に対して、混沌と転形の数量的世界観が作られたバロックの17世紀が好きという。ガリレオケプラーデカルトパスカルニュートンライプニッツの話になると熱が入り、伝記も交え森さんの個性が投影され面白くなる。無限や変化を嫌った静的な古代ギリシャ数学の否定の上に、17世紀ヨーロツパの無限の擁護、量の重視、力学的・動的変化の世界観(対数や微積分、少数の発見、数直線や座標・代数式の発明、解析幾何など)への文化転換が見事に捉えられている。
『数学的思考』では、現代数学数学教育にも力点を置き論じられている。そこにはヒルベルトの公理主義やブルバギの構造主義などと分かりやすく述べられている。私は数学教育の現代化に興味を持った。かつて「水道方式」について、数学者・遠山啓に教えられたことがあった。森さんも「量」から入り、タイルでの形象化を評価している。数学を国語や理科、社会科など学際的に学ぶ提言もこれから必要だと思う。遠山啓と森毅の本は数学だけでなく、広い文化的視野を持っているので読んで楽しい。(二冊とも講談社学術文庫