森英恵『グッドバイ バタフライ』 

森英恵『グッドバイ バタフライ』


細うで一代記である。06年の森英恵展は名づけて「手で創る」。戦後日本を代表する世界的デザイナーが自伝を綴った。だが、森さんのファッシヨン観や芸術観など文化論としても面白い。森さんのこの本を読んでいて、私はルネサンス期の芸術家=職人たちを連想した。画家や彫刻家たちが、アトリエに職人たちを抱え、注文に応じて「美」を手仕事で創造していく。オートクチュールは高級な仕立て服で手仕事のスーツやドレスで、繊細なラインや立体的フォルムを創り、ドレープや刺繍、キルティングで装飾し、色彩の美を布地に描く。画家と彫刻家を兼ね、さらに人間が実際に着て、展示する。総合実用芸術なのだ。
森さんの場合、平面(二次元)の着物世界から立体(三次元)の洋服世界を融合させた。それは日本と西欧の融合である。森さんは、写真家アヴェドンが言うように二重性をもち、相反する矛盾を内包し、融合していった苦闘の道だった。50年代に来日したカルダンが布を立体裁断していくのを見、そこから色彩だけでなく光と影のフォルムを学ぶところから森デザイナーが誕生する。ニューヨークでハナエ・モリの赤といわれた色彩での勝負、パリでは色から形へ、テキスタイルからフォルムへと挑戦する。
こうした融合の底には伝統的日本美学、職人技がある。ニューヨーク時代、日本の布地を使い滋賀の鬼しぼ縮緬や、伝統的染織技術にいきつく。故郷の蝶の多彩な色彩は森さんの代名詞になる。森さんの愛用するのは日本鍛冶職人が作った付け鋼のはさみ。このはさみでパリに進出して日本人がと疑惑視していたフランス職人たちの前でカシミア布地をトルソに巻きつけ立体裁断し敬意を勝ち取るエピソードも読ませる。杉や竹で編んだ網代天井や籠をもとに日本の建築や工芸技法を布で表現した「網代」と呼ぶソワレも凄い。この本でも映画衣装や舞台衣装もくわしく書かれているが、森さんの美術家としての業績として見逃せない。
父と娘、夫賢氏のこと、親友モデル松本弘子とのこと、数多い交友も森さんをしるために欠かせない。衣装が安価な着捨てのファーストファッション化している時代、手仕事で女性美をみせる服文化は必ず受け継がれるという森さんの言葉は重い。(文芸春秋社