池澤夏樹個人編集『世界文学全集短編コレクション』

池澤夏樹個人編集「世界文学全集短編コレクションⅡ」』
「コレクションⅠ」が南北アメリカ、アジアなどの短編だったが、「Ⅱ」では、20世紀ヨーロッパの短編19篇が収められている。池澤氏は解説で、リアリズムから幻想へのスペクトラムという視点で考えている。わたしは多様な短編の読み、人間における深層のなかの闇と、ヨーロッパ社会の行き詰まり感を感じた。それらはリアリズムでは描ききれず、幻想や寓話などの非リアリズムの手法を取る。
ヨーロッパの行き詰まり感はタブッキ(イタリア)「芝居小屋」に見られる。アフリカ奥地の森林の闇の中に藁で作った円形芝居小屋で英国から逃げてきた老俳優が、シエイクスピアの演劇を朗々と訪れたポルトガル人に一人芝居で演じる。新植民地文学とも読めるが、コンラッドモームなどよりも空虚感、自己妄執感が強い。カズオ・イシグロ(イギリス)「日の暮れた村」は老いぼれて故郷と思われる村に帰ってくるが、過去の記憶が歪められなにが現実か不明になるような目眩を感じさせる。ウェルベック(フランス)「ランサローテ」はヨーロッパ人への絶望や終末観が深く、セックスとカルト宗派に耽溺していく精神状況が描かれる。デュレンマツト(スイス)「犬」やパヴェーゼ(イタリア)「自殺」の深層の暗さは際立っている。
他方この短編集に治められたラシュデイ(インド系イギリス)「無料のラジオ」、イスカンデル(ロシア)「略奪結婚、あるいはエンドゥール人」ゴンブローヴィチポーランド)「ねずみ」などは、民話風、寓話風である。パシェヴィス(ポーランド出身ユダヤ人)「ギンブルのてんねん」は、民話風の傑作で池澤氏は、トルストイ「イワンのばか」的と指摘している。幻想文学といってもいい。非現実でなければ書けない人間の深層や社会状況がある。少数・異端になればなるほどそうなる。中心でなく周辺の文学にはその手法は生きてくる。(河出書房新社