坪井善明『ヴェトナム新時代』

坪井善明『ヴェトナム新時代』
『ヴェトナム 豊かさへの夜明け』の続編で2007年までを扱かつている。ヴェトナム戦争が終わって30数年経っているのに戦争の惨禍がまだ残り、現代戦争がその時期だけでなく長期的環境破壊、精神破壊の後遺症をもたらす指摘は重要だ。米軍が散布した枯葉剤ダイオキシンは結合双生児(ヴェトちゃんは07年に死亡)を産んだが、いまも遺伝子による奇形児は跡を絶たない、対人地雷の被害、身寄りのない老人、難民(越僑)の問題といまも続く。
だが21世紀になりWTO加入やODA援助など国際社会に復帰、「社会主義市場経済」による中国的解放改革(ドイモイ)は、ヴェトナムが確実に工業化による豊かな社会に向かっていることを示している。坪井氏は自らの体験と資料により丁寧にその軌跡を追っていく。共産党一党独裁の実相や、汚職体質、格差の拡大、南北地域の対立など問題点の指摘も鋭い。
私が面白かったのはホーチミン再考である。公式の見解では「ホーチミン思想」はマルクス・レーニン主義の「創造的適用」であり、より広い人類文明への開かれた考えであり、ヴェトナム民族的伝統文化の継承となっている。これに対し坪井氏はフランス革命アメリカ独立宣言に影響を受けた民主主義に個人の自由、幸福の追求を加えた「共和国精神」だとする。これはホーチミンを啓蒙的近代精神として捉える新解釈で面白い。坪井氏はヴェトナム人民がホーチミン思想を本当に理解受容したかと問うている。これは、アジアの社会主義三カ国(中国、北朝鮮、ヴェトナム)の共和国精神による21世紀における軟着陸とも通底してくる問題だ。
また日本とヴェトナムの関係にも多くの示唆が延べられており一読の価値がある。(岩波新書