パノフスキー『イデア』

パノフスキーイデア

美術史家パノフスキーの西欧造形美術史論だが、美とは何かの理論的探究の書でもある。西欧的美論ではいかにプラトン哲学の「イデア」という思想が、古代から17世紀古典主義まで影響してきたかは驚きである。ここから、模範と模倣、理想精神と自然、主観と客観の矛盾的対立が生じる。
プラトンは感覚による「似像を造る模倣」を低くみて、芸術家を理想国から排除しようとした。イデアとは、精神のなかに神の光に照らされた輝かしい美の原像が宿っていることを意味し、その範型を創造力で写し取る。このイデアはヴィジョンとも想像力とも読み替えられる。自然の忠実な写実よりも規範的・理想的美学の重要性がここにある。
パノフスキーは、ルネサンスでは芸術は自然をもつともよく模倣することが賞賛されたが、同時に想像力により自然を矯正し完全にしてイデアに近づくとしたという。主観と客観、イデアと感覚的経験の間の「均衡による普遍」が求められる。マニエリスムではこの矛盾を超越する神の「一性」で解消しようとする。17世紀の古典主義でイデアは、純化された自然としての理想模範という規範美学に収斂していく。
私はこの本を読んでいて、西欧美学にバックボーンとして存在する範型としての古典主義と、人間が神の創造性に近づく人工的構成力(イデア)が現代では、科学技術のなかにあるとも考えた。古代ギリシャの哲学者プラトンの思想はまだ死んではいない。人間が理想を追い求める限り。(平凡社ライブラリー