安藤忠雄『建築家』

安藤忠雄『建築家』
光と影の物語である。それは安藤氏の建築(住吉の長屋から光の教会まで)から生き方まで貫徹している。自伝でもある。「それでも残りのわずかな可能性にかけて、ひたすら影の中を歩き、一つつかまえたら、またその次を目指して歩き出しーそうして、小さな希望の光をつないで、必死に生きてきた。」プロボクサーから独学で世界的建築家になったといえば、サクセスストーリーと思うだろうが、この本を読めば必死に闘い続けた苦闘の物語なのだ。
 安藤氏の建築といえば、コンクリートの打ち放なしの魔術師であり、光と影の単色の世界に日本的空間の「間」を取り入れながら、幾何学的構築を際立たせる。最近では東横線渋谷駅の地下の卵型駅舎が話題にもなった。私は神戸・六甲山集合住宅が好きだ。崖のスロープを利用したコンクリートの建築は、ル・コルビジュエの集合住宅に匹敵する。また水をうまく取り入れた水の教会、高瀬川沿いのタイムズ、兵庫県立こども館、直島のベネッセハウス・ミュウジアムなど安藤氏は「水の建築家」でもある。
 安藤氏の建築は「建築のための建築」ではない。建築以前のどう住むか、どう環境と調和するか、どう人々を結びつけるか、公共空間のあり方などをどう考えるかから出発している。そこから独創性が始まるのだ。この本で安藤氏の海の森プロジェクトを知り惹きつけられた。東京湾上のゴミ埋立地に植樹し緑の森として、日比谷公園北の丸公園、代々木公園、新宿御苑明治神宮を貫通する緑の回廊を通そうというプランだ。かつて、有名な建築家が東京湾を埋め立て壮大な建築物を計画した時代と大きく変わったと思った。安藤氏の建築哲学を理解すると共に、安藤氏の生き方が分かって楽しい本だ。(新潮社)