水木しげる『悪魔くん千年王国』

水木しげる悪魔くん千年王国(全)』

かつて『ゲゲゲの鬼太郎』を読んだとき、次々出てくる妖怪がなんと面白い存在かを思った。水木氏は自分の妖怪病は古代出雲の霊のなせる業といい、幽霊と違い妖怪とは河童とか海坊主とか牛鬼のように、こわいけれど愛嬌のあるもと言っている。(『妖怪天国』)たしかに「悪」はするが、鬼太郎に退治される憎めないキャラが多い。人間のなかには8,9ほどのキャラがあるから、そのいずれかが「悪」になるし「善」にもなる。多神教的だから妖怪も多妖怪になる。なかには悪と善の二重性を行き来する「ねずみ男」のような存在もいる。
 『悪魔くん千年王国』は悪魔くんという小学生の神童(異能力の持ち主は妖怪だ)が、その超知力を使い革命をおこし、戦争のない国境もない平和な世界で万人が貧乏から抜け出し平等の幸せな「千年王国」を作ろうとして戦い、挫折して死んでいく物語である。ここにも蛙男やフクロウ女、イモリ人、サタンやファウスト、八仙人といった妖怪が出てくる。悪魔くんには全国の小学生が仲間・同志になるし、サタンはネズミ男のように悪と善の両義性をもつ。悪魔くんの父は太平洋電気の社長で儲けのために手段を選ばない。だがサタンに会社を乗っ取られ、息子の手下になる。サタンはイモリ人を抱きこみ、世界資本主義の覇者になろうとする、妖怪が人間の善になり、人間が妖怪の悪になる価値の転倒がある。
 水木氏の髪の毛や植物(とくに草、木)の流れる細い線や細密画のような写生画が私は好きだ。(ちくま文庫