川北稔『イギリス近代史講義』

川北稔『イギリス近代史講義』

戦後経済史学で大塚久雄の仕事は「近代主義」といわれた。私も若いとき『近代化の人間的基礎』を読んだ。ロビンソン・クルソーに代表されるヨーマンがピューリタンの精神で禁欲に働き合理主義的生活を営み、世界初の工業化の産業革命を成し遂げたイギリスを描いていた。だが川北氏の本を読むと、20世紀後半からイギリス衰退史観が出始め。衰退論争も起こっているという。川北氏は衰退論を踏まえ、近世イギリスでいかに工業化・産業革命が起こったかを大塚史学とは違う視点で論じている。
川北氏の方法は生産とともに消費の重視、都市化や家族形態の重視、さらに「世界システム論」(ウォーラーステイン)を視野に含みこんだものである。『洒落者たちのイギリス史』や『砂糖の世界史』という面白いイギリス史を書いている学者だが、この本ではより理論面に力を入れている。工業化は、近世イギリスの家族構造の変化や都市化が基層にあると見る。衣類や日用品の内需市場が、核家族化や労働市場への女性、子供の進出によってできてきたことが綿繊維工業の発展の基礎にあったと見る。
産業革命の故郷」でなぜ衰退史観が出てきたのか。その論点の中心に「ジェントルマン資本主義」論がある。イギリス資本主義はシティに代表される金融、証券などの産業資本家(製造業の実体経済)でなく、地主階層が金融資本家になったジェントルマン支配にあり、それが経済成長を阻害してきたと考える。そのそこには大英帝国以来の「世界システム」があり、金利生活者の精神が衰退につながったというのである。とすれば現代の金融危機をイギリスは先取りしていたことになる。川北氏はジェントルマン資本主義論者ではない。もっと基層から「経済成長パラノイア」とは何かから考えようとしている。安易な衰退論には加担していない。いずれにしろ世界初の工業化―産業革命を衰退論と二重の視点で考えていくことがイギリス近世史では必要だと思った。(講談社現代新書