ハウフ『隊商(キャラバン)』

ハウフ『隊商(キャラバン)』

中学生のとき、父の本棚にハウフの『隊商』があった。その題に惹かれ読んだ。いままったく、内容は記憶にない。岩波少年文庫創刊60年記念リクエスト復刊で本屋に並んでいた。懐かしく買って読んだ。砂漠の中カイロに向かう隊商に謎の男が現れ一緒に旅をする。旅のつれづれに一夜ごとに一人一人が物語を語る。「デカメロン」方式だ。物語の話が最後に謎の男とつながる「入れ子構造」になっている。物語は「アラビアンナイト」のようだ。怪奇幻想物語で「幽霊船の話」「切り取られた手の話」「偽りの王子のおとぎ話」など童話として面白い。
 トルコ、バクダート、など中近東が舞台でアラブ人、フランス人、ユダヤ人など多国籍的でイスラム的だ。「アラビアンナイト」の影響が強い。ヨーロッパ文明に批判的でイスラム文明に好意的とも読める。大盗賊オルバザンはこういう。「私のアジア人はあなた方ヨーロッパ人のように文明人じゃないとしても、ねたみや中傷、利己心や名誉欲からは遠く離れているからです」
 ハウフは19世紀ドイツの作家であり25歳で夭折している。この童話を読み二点を考えた。一つはオリエンタリズムの問題。同時代にドイツではオリエントへの傾斜が顕著だった。E・サイードによれば、オリエントはヨーロッパ人の頭の中で作られたもので、ロマンスやエキゾチックな心象や風景、珍しい体験談などの舞台だったと指摘している。(『オリエンタリズム』)ドイツのオリエンタリズムは英仏の現地に進出し実践的に調査したものではなく、本や資料をもとに「内面的」に作られたもので、その成果にゲーテ「西東詩集」シュレーゲル「インド人の言語と英知について」を挙げている。ハウフも中近東には行っていない。
 もう一つはドイツ・ロマン主義の問題。顕著な特徴は内面への沈潜が、幻想的、夢幻的な創造世界に向かい、現実の実生活からの脱出になる。それが伝統にむかえば、グリム童話になり、怪奇幻想に向かえばホフマンになり、詩的夢幻に向かえばノヴァーリスになり、外延的にオリエントに向かえばハウフになる。
 面白い『隊商』を下世話な分析をしてしまった。(岩波少年文庫高橋健二訳)