『井伏鱒二詩集』

井伏鱒二詩集』


井伏鱒二の詩は笑いがある。それでいて哀愁がある。日常の感性を普通の言葉で描く。が、余裕がある「大人風」であり、品格がある。しかし高踏には脱しない。詩人・茨木のり子は、これほど愉快になった詩集はこれまでなかったと言い、悲愴味の多い詩のなかで、笑いを含む井伏詩集の魅力を説いていた。(『言の葉』)
井伏詩集で有名なのは漢詩の訳である。だがこれを訳詩といっていいのだろうか。意訳だが、自己の詩になっている。上田敏森鴎外の訳詩と共通する。高適の「高陽一酒徒」を「アサガヤアタリデ大ザケノンダ」と訳すのに笑った。于武陵「勧酒」の「花発多風雨 人生足別離」を「ハナニアラシノタトエモアルゾ 「サヨナラ」ダケガ人生ダ」はやはり井伏の詩だろう。
私は「つくだ煮の小魚」という詩が好きだ。ある雨の日竹の皮に包んだ小魚のつくだ煮が水溜りに落ちた情景を描いてこう歌う。「そして 水たまりの底に放たれたが あめ色の小魚達は お互いに生きて返らなんだ」井伏の名短編「山椒魚」を思わせる。この短編も散文詩として読める。(岩波文庫