加藤周一ー日本近代文学者の型』

加藤周一著作集⑱巻―近代日本文学者の型』 

加藤周一著作集』(全24巻・鷲巣力編)の残されていた⑱巻がとうとう刊行され完結になった。この巻には「鴎外・茂吉・杢太郎」が3分の1の量で含まれており、加藤氏は死の直前まで書き上げたいと思っていた。他には林達夫丸山真男堀田善衛中村真一郎大江健三郎など36人の肖像が明晰な短文で描かれている。一人一人を読んでいて精神の肖像が浮かび上がり楽しい。加藤氏の精神の自由が生きづいている。
やはり「鴎外・茂吉・杢太郎」だろう。三人の近代日本での文学者のひとつの「型」が明確にされている。三人とも医学者で文学者であり、ヨーロッパに留学し、科学と芸術の両義性をそなえていた。三人とも広範囲の仕事をし、ある意味ではルネスサンス的万能人だった。私は読んでいて、この三人に加藤周一氏の自己投影を感じた。医学者で文学者である加藤氏との共通性だけではない。木下杢太郎がパリ留学中にヨーロッパに留まり帰国しない悩みを詩に書いたように、加藤氏もパリで日本に帰国するか、しないかを悩み、共にパリにいて一生をフランスに埋めた友の森有正と別れたのは有名である。
医学の研究という臨床的、実証的、合理的方法が鴎外の史伝や、杢太郎の切支丹研究さらに斉藤茂吉の歌や万葉集研究にまで及んでいると指摘している。イデオロギや価値観(ナショナリズムなど)が違っても、この三人は加藤氏がいうように、近代日本文学のひとつの「型」をあらわしている。加藤氏は『文学』を広い範囲でとらえようとした。『日本文学史序説』ではこれまで古典文学としてみられなかった思想書や宗教書まで視野に入れた。この三人の「型」は加藤氏の「広義の文学」の典型だったと思う。この本に含まれている肖像でも政治学者、経済学者、思想家まで「文学」という視点から論じられていてスリリングである。(平凡社