末廣昭『タイ開発と民主主義』

末廣昭『タイ 開発と民主主義』

2010年になってタイは激動している。タクシン元首相派によるバンコックでの大規模集会という政争がある。ASEANは2018年に中国、韓国、日本、インドと自由貿易協定を結び、関税が撤廃される。その利益をみこし、各国はタイに工場を建設し技術力で、アジア経済を引っ張ろうとしている。タイの現代史を知りたいと1993年の本だが読んでみる。
末廣氏は開発と民主主義という二点に焦点を合わせ、1950年代からのタイ現代史を描いていて分かりやすい。タイの政治は軍部のクーデタの繰り返しが特徴だ。権力を掌握した軍部は憲法・国会・政党を否定し、新たに憲法を作り議会政治を復活するが、またクーデタを起こす。タイ政治の悪循環。「タイ式民主主義」という言葉があり、政党は私利私欲に走る利益集団で、国会の独裁とは私物化する政党政治批判ということになる。だから軍部や学生、僧侶など利益から超越した集団が指導権をとり、その頂点に調停者として国王が君臨する。その対決が91年2月のクーデタと92年の5月流血事件でピークに他する。「上からの民主化」が軍部によって行われる。
開発はどうか。開発計画による工業化は、韓国や台湾などと似た輸出志向型工業化である。だが90年代まで大きく異なるのは電子・家電でなく、農業製品(アグリビジネス)に比重が置かれていたことだ。タイは「日本の台所」と言われる。タイ産焼き鳥のもとブロイラー、冷凍エビ、生ワサビ、パイナップル缶詰からペットフードまで日本はトップの輸入国なのだ。養殖エビのため環境汚染がおこり水田農民と抗争が起こっていることを末廣氏の本で始めて知った。
 末廣氏はこの本でタイの現代史を開発・経済発展と民主主義のジレンマとして捉えている。その上で住民参加と専門主義による社会的公正が今後のタイの重要な課題としている。(岩波新書)