波多野精一『基督教の起源』

波多野精一『基督教の起源』
加藤隆『歴史の中の『新約聖書』』

波多野精一の本は、1908年刊行であり、思想史家の原始キリスト教に関する名著である。加藤氏の本は、2010年刊で、神学者による最新の新約聖書成立の研究である。どちらもユダヤ教キリスト教が、どう分かれていったかに焦点を置いて、27の文書からなる新約と旧約聖書の差異から原始キリスト教を分析している。波多野は、ユダヤ教を「律法、一神教、終末観」の三点から考え、イエスがその土台からどう変革したかを述べる。イエスは「愛の生命を分かち与え、愛の支配を世に実現する、これメシャたる彼の天職であった。」と書いている。
だが波多野の本の真髄は原始教会・ペトロからパウロの思想、さらに第四福音書の分析にある。とくにパウロ論が精彩を放つ。パウロユダヤ教からの転向者である。その転向もキリストの死と復活から生じている。パウロユダヤ教の外からの禁止命令である律法主義を否認した。「聖霊の働き」という神・キリストの内面の伝達を重要視した。また「肉・罪・死」という人間の条件の許しとあがないのために、イエスが死んだという贖罪論を説いた。第四福音書ヨハネ)になると、パウロの愛の精神から不信者(ユダヤ人)への排除性が強くなる。
加藤氏の本は、原始エルサレム教会からのヘレニストの分離によって新約が成立すると言う。ヘレニストとはギリシャ圏から移住した人々で、神との直接のつながりを重視する「聖霊主義」の人を指す。このながれで最初の福音書であるマルコ福音書が書かれたとする。そのあとパウロの手紙によって、ユダヤ民族主義からいかに脱却し、世界性の道にどうしてなっていったかが論じられている。西暦70年のユダヤ戦争でユダヤ王国が滅亡してから、マタイ福音書、ルカ文書、ヨハネ福音書がどう成立し、その差異はどう生じたかの分析は面白い。新約聖書といっても一枚岩でないことがよく分かる。異端とされているマルキオン文書が、グノーシス主義と親密性があるという指摘も面白い。(『基督教の起源』岩波文庫・『歴史の中の『新約聖書』』ちくま新書