カルヴィーノを読む

イタロ・カルヴィーノを読む
『くもの巣の道』
イタリア戦後文学者カルヴィーンノが1947年に出版したナチにたいして武装抵抗するパルチザン部隊を描いた作品である。イタリアも日本と同じように占領、冷戦、経済成長、高度消費社会、IT社会と発展し、カルビーノの作風もそれにおうじて変化していく。この小説から『不在に騎士』や『冬の夜ひとりの旅人が』が想像されるだろうか。もし貫く方法があるとすれば、寓話的物語と民衆の歴史的現実と社会参加の精神だろうか。
この小説は16歳の少年のレジスタンス運動への参加がみずみずしい筆致で寓話風に描かれている。この題名は娼婦の姉のところに通うドイツ兵から大型拳銃を盗んだ少年ピンが、それをくもの巣のある道の土中に隠すことからつけられている。少年の目からみた大人の社会の複雑怪奇さがくもの巣で現され、それに絡めとられながらも観察し(ネオ・リアリズム風)生き抜くピンのたくましさがある。
副題に「パルチザンあるいは落伍者たちをめぐる寓話」とあるようにピンが属したパルチザンは、英雄的でなく路地裏の居酒屋にたむろする底辺の民衆である。もちろん政治委員キムが語るなぜ戦うかの論もある。キムによれば、それは民衆の怒りであり、この点はパルチザンファシスト黒シャツ団も変わりはない。ただ将来の歴史を作り苦難を解決するしかたがちがうだけという。しかしピンにはそれも不可解であり、蜘蛛が穴に巣を作る世界ただひとつの魔法の場所と、魔法の願いがかなうことが重要なのだ。(福武文庫・米川良夫訳)

『木のぼり男爵』

カルビーノの傑作である。18世紀の啓蒙期、フランス革命、ナポレオン時代にジェノヴァの森林の樹上で、12歳から60代で死ぬまで生活する男の奇想天外の物語である。父男爵に食卓で注意されて領地のかしの木にのぼり、つながっている木々を伝い森林の樹上で頑固に暮らすのは一種の「変身もの」だが、森林賛歌でもある。機械文明化と自然破壊の時代が来る前の18世紀に自然と共生している理想の生き方がある。木のぼり男爵が死んだ最後にこう書かれている。「兄(木のぼり男爵)が去ったのちは、木がまたなくなったとでも言うのだろうか?それとも、人間が鉞(まさかり)病にでもかかったのだろうか?それに植木も変わった。もう、かしや、にれや、あかがしでなく今では、アフリカやオーストラリアや、アメリカヤインドが、ここまで枝や根を張っているのだ」
この本の寓話性は、木のぼり男爵が地上不在の啓蒙精神と、樹上からの社会参加をおこなうことにあらわれている。弟の助けを借りて百科全書を全巻取り寄せ樹上に書庫までつくり、印刷機も引き上げ鳥の名前をつけた新聞まで出す。樹下の村々の農耕や狼退治、森林火災の消火、海賊退治など社会参加も連帯する。樹上の「教養小説」になる。ユーモアがあって面白い。もとろん恋もする。幼馴染の侯爵令嬢との恋と破綻が木のぼり男爵に大きな打撃を与える。ナポレオンなど歴史上の人物も登場する「遊び」がいい。
私はこの本を読みながらスウィフトの「ガリヴァー旅行記」を連想していた。またカフカの閉ざされた「変身」の対極の、開かれた「変身」を感じていた。ともかく森林の木々やミツバチや鳥たちの叙情的描写が素晴らしい。(白水社・米川良夫訳)