マキューアン『アムステルダム』

イアン・マキューアンアムステルダム

イギリスの現代小説でブッカー賞をもらった『アムステルダム』は、イギリスの政治家、作曲家、マスコミ編集長の三人を中心にして現代社会のモラル崩壊を扱っている。背景にはオランダで成立した安楽死法があり、最後に親友の作曲家と編集長が安楽死を利用して相互に殺し合うことになる。イギリスの上流知識階級がモラル・ハザード安楽死の状況にある寓喩として、この題名がつけられたのかも知れない。
ロンドン社交界の花形モリーが痴呆のようになり死にその葬儀場面から小説は始まる。モリーと愛人関係にあった三人は、モリーが残した愛人の一人外務大臣の寝室での女装写真を巡ってストーリーは転回する。もう一人の愛人マスメディア編集長は、部数増大のためこのスキャンダルを利用し地位を上げようとする。このメディア界のモラルなき報道の内幕は、日本の週刊誌報道を思はせ面白い。他方愛人の作曲家は,自分の交響楽曲作曲による名声と功利のため、レイプを目撃しながら無視し編集長に発覚し警察に呼ばれる。ここに二人の殺意が生まれる。
問題は有名人の業績を上げる行動がいかにモラルを壊し非人間的の「悪」をもたらすか、たとえそれが、社会正義や芸術の完成ためとはいえ、専門のための専門中心の特権意識がいかに社会を荒廃させていくかがこの小説から伝わってくる。
新潮文庫小山太一訳)(2010年9月)