ジマー『ナショナリズム』森嶋通夫『なぜ日本は没落するのか』

オリヴァー・ジマー『ナショナリズム』(1890−1940)
ナショナリズムとは何かについては様々な考え方がある。この本はヨーロッパ史入門シリーズの一冊だから歴史的視点で書かれている。歴史的に見ればナショナリズムは18世紀末(フランス革命など)から19世紀にかけ、ヨーロッパで発明されたものだ。ジマーは「近代派」と呼んでいる。フランス革命による国民国家の成立が20世紀までのナショナリズムの隆盛まで繋がっている。
 ジマーは国民主権というイデオロギーが18世紀の啓蒙専制の対応として出てきたという。日本のナショナリズムが徳川啓蒙専制の後、明治維新から猛威を振るったと思うと納得がいく。私が面白いと思ったのは、産業社会における文化的接合剤と文化的構築としてのナショナリズムについてである。
最近ベネディクト・アンダーソンがとなえた「想像された政治共同体」という考え方が持て囃されている。それも限定された排他的な共同体。言語(国語)を核とした印刷資本主義と大衆民主主義がナショナリズムを強めた。政治的・文化的イデオロギーとしてのナショナリズムは、経済では世界市場の強まりから今後変化していくのだろうか。ネット時代のナショナリズムは、近代以前より群衆化しデモ的運動に成りやすい。だがジマーは歴史学会の少数派として前近代からナショナリズムは存在したという考えも紹介している。その根拠が少し弱い。
 たしかにネイションを民族集団の帰属と考えればナショナリズムは古代からあることになる。だがそれは近代国民国家成立以後のナショナリズムとはまったく異なる。とくに20世紀における大衆国民国家と、民族自決権と排外主義をともなったナシヨナリズムとはまったく違う。それが帝国主義ファシズムさらに社会主義といかに関連したかの分析がもう少しほしかった。それと少数民族との関わりも。ルナンが言うように、ナショナリズムは近代宗教かもしれない。(岩波書店福井憲彦訳)

森嶋通夫『なぜ日本は没落するか』

この表題に惹かれ買ってしまった。森嶋さんは2004年に亡くなられた数理経済学者だが、1999年にこの本を出版し、2050年の日本を予測している。経世済民の書だ。経済でなく今後の日本の人間がどうなるかをもとに分析している。だからいま教育されている子供・若者のエートスがどう日本を存在させていくかが森嶋さんの問題意識になる。日本は底辺から崩壊するのではなくトップから崩れるという危機感がある。
 人口の分裂、精神の荒廃、金融・産業・教育の荒廃と各章を読み進めていくと暗澹たる気持になる。森嶋さんが提案する二つの救出案は教育改革と「東北アジア共同体」の構築である。そのためには政治的イノベーションが必要となる。はたしてそれは出来るのか。「東北アジア共同体」はEU方式で、資源の共同開発から市場共同体へ進み、単一通貨も視野にいれている。日本、中国、朝鮮半島、台湾が共同体をつくれば、台湾や南北朝鮮問題、竹島尖閣列島問題も何らかの解決が出でこよう。
 明治維新のときの廃藩置県に匹敵するだろう。だがはたしてそれは可能なのか。狭いナショナリズムの考え方から自己変革が東北アジア人にできるのだろうか。まだ過去の戦争への記憶を自己否定していくことが日本人にできるのか。満州国や大東亜共栄権の記憶を自己清算できているのか。中国や韓国は望んでいるのかなど疑問が次々と湧いてくる。森嶋さんは日本が没落しないためには、アジア共同体が必要と訴える。そのためには自己意識の変革が必要だろう