マルケス『予告された殺人の記録』

ガルシア・マルケス予告された殺人の記録
マルケスの小説の傑作だ。マルケスの小説には、閉ざされた共同体と孤独な個人そして崩壊していく終末観がある。この小説にはそれらが総て含まれている。構成も凝縮されていて、ミステリーのように謎が解明されていく。ミステリーと異なるのは、最初から殺人という崩壊が予告されていたことだ。『百年の孤独』でブエンディーア家の崩壊が百年前のジプシーの羊皮紙にすでに予告されていたのと同じである。
辺境の閉ざされた濃密な人間関係の共同体に中央の国家的英雄の息子(近代)が現れ

貧しい娘と結婚する。それが予告された殺人の始まりになる。『百年の孤独』で辺境の小村マコンドにアメリカのフルーツ会社が進出しバナナ栽培を始めるのが崩壊の始まりになるのと似ている。新婦が夫に処女でないこがわかり離婚される。そのとき処女を奪った男の名前を告げられた新婦の双子の兄弟が、その男を殺す。その男は共同体の新参一族のアラブ人の金持の成功者だった。近代という外来者がはいるとき、共同体の内部にある愛の不在による「孤独」が生み出した嫉妬や憎しみが一挙に噴出して崩壊を招く。
母系制社会の基盤でのコミニュケーシヨン不在の男性主義が暴力を産む。『百年の孤独』でも百歳近く生きる母親ウルスラの存在はブエンデーイア一族の象徴だった。この小説でも殺される男の母親の存在感は大きい。南米コロンビヤやカリブ海沿岸諸国の近代史の基盤がマルケスの小説には象徴化されている。
新潮文庫野谷文昭訳)〔2010年9月〕