辻惟雄『奇想の系譜』『奇想の図譜』

辻惟雄『奇想の系譜』
辻惟雄『奇想の図譜』

日本美術史のなかの「奇想」と「かざり」の系譜を探究した面白い本である。辻氏は奇想をエキセントリックの多少にかかわらず、因習の殻をやぶる自由で斬新的発想という。『奇想の系譜』では、岩佐又兵衛狩野山雪伊藤若冲、曽我蕭白長沢芦雪歌川国芳の6人が取上げられている。日本美術には奇想とかざり(装飾性・風流)の太い軸がある。それは主流だといつてもいい。左右相称で遠近法の西洋古典美学や中国美学からは逸脱している面白さがある。それは日本現代絵画(岡本太郎横尾忠則村上隆)、からデザイン、アニメ、マンガの記号的描法までつながっている。
 私見では室町から戦国桃山に発した「ばさら」や「かぶく」といった奔放で派手な表現主義が、近世江戸期絵画まで続いていると思う。岩佐又兵衛から葛飾北斎まで。浮世絵の始めともいわれる岩佐又兵衛に関する辻氏の分析―奇矯な表現、古典的テーマの当世風すり替え、人物の豊頬で長い顎論は興味深い。絵巻(山中常盤)や屏風(彦根屏風は論争がある)さらに風俗画までの分析も鋭い。又兵衛は伊丹城主・荒木村重の妾の子に生まれた。が織田信長に反逆したとして一族妻子は皆殺しになる。又兵衛は本願寺にかくまわれ成人し織田信雄に仕え、絵描きとして名を上げていく。豊臣が滅び、又兵衛は菊池寛の「忠直卿行状記」で有名な「かぶき大名」福井藩松平忠直に仕えるが、この家康の孫の「反逆的非行」で忠直は配流にされる。その後江戸に出て絵描きとして活躍する。
 「この矯激な、血なまぐさい嗜虐趣味に満ちた作品と、又兵衛の血なまぐさい出生の秘密と、忠直の自棄な行状とが元和偃武の閉鎖的な世相のなかで、きしくもオーヴァラップされ、妖しい血の三位一体を形成した」と辻氏は絵巻「山中常盤」について書く。岩佐又兵衛の精神は国芳の幕末怪奇絵まであるのではないのか。
『奇想の図譜』では、北斎の波や若沖の動植物のファンタジックな絵画、白隠の禅絵の表現主義などが面白かった。だが最終章の「かざりの奇想」は辻氏の日本美術論を示している。作り物としての「見立て」は山と見立てた山車が、祭りのメインとなるところまで見られる。「かざりの奇想」は戦国の信玄の陣羽織や変わり兜から江戸小袖まである。それは屏風絵、扇絵、障壁画まで貫徹していると辻氏はいう。見立てによるかざりの奇想は美術だけではなく、歌舞伎など大衆文化まである。この2冊は日本文化を論ずるための必読書だろう。(ちくま学芸文庫)(2010年8月)