カフカ『アメリカ』

フランツ・カフカアメリカ』 

この小説を読んでいて、私は就職氷河期で悪戦苦闘している若者のことが思われてならなかった、ニート派遣社員非正規労働者の若者たちの姿がなぜか頭に浮かぶ。カフカの青春小説である。社会に出て孤独と迫害に、純粋な無垢な心情で向かい合う青年の物語。カフカはG・ヤノーホとの対話で青春が幸福に値するのは「美しいものを見る能力」にあるとし、この能力が失われると慰めのない老年と凋落、つまり不幸が始まると語っている。(ヤノーホ『カフカとの対話』)
 16歳のドイツ生まれのカール・ロスマン青年が年上の女中に誘惑され、父母にアメリカの伯父のところに放り出される。突然不条理な迫害がその後この青年を次々襲う手始めだ。ユダヤ人に対する迫害を暗示する。それはアメリカの黒人をも暗示している。アメリカに渡る汽船のなか、給料未払いの火夫を弁護し支援しようとする正義感は、孤立し排除されるもへの青年の純粋な抗議の姿だ。
 アメリカの伯父は金持ちの成功者で議員である。ここで英語などの上流階級の教育を受け就職しようとする矢先、不可解なささいなことでまたもや放逐される。その後二人の移民と放浪する途中、ホテルのエレベーター・ボーイに雇われる。だが先に登場した二人の移民放浪者のせいで、突然解雇されてしまう。この場面は不当解雇が契約社員を襲うなまなましい状況が活写される。ロスマン青年はヒモとなった移民放浪者に再び囚われ召使にされる。だが希望を失わずオクラホマの野外劇場の就職試験を受け、多数の合格者と集団列車で就職先に向かうところでこの小説は未完で終わる。
 カフカが死んだ後、ナチスユダヤ人を収容所に送るため集団列車を仕立てた場面に似通っているとの指摘のある。試験も競馬場で多数集め審査する。ロスマン青年は名前を聞かれ「ニグロ」と答える。最後の合格が収容所への道だと見えてしまう。いま日本でも若者不幸社会といわれる。カフカの小説「アメリカ」は、1927年出版だが古いとは思われない。(角川文庫・中井正文訳)(2010年7月)


鈴木董『オスマン帝国
新井政美『オスマン帝国はなぜ崩壊したのか』

オスマン帝国は約600年続いた。ローマ帝国に匹敵する持続力だ。中央アジアの遊牧
民から征服帝国を作り上げた。モンゴル帝国がすぐに分解したのになぜ持続したのか。鈴木氏の本を読み私なりに要約する。
① 軍事力―イエニチェリという常備軍の存在、それも大砲・火器も備えている。織田信長の長篠の戦のように火器で騎馬を壊滅させる。
専制君主のもとキリスト教徒出身も含め奴隷を官僚・軍人に登用する能力主義ノーメンクラツーラの世界
③ 異民族・異宗教共存政策の柔らかな専制
④ 交易帝国・アジアとヨーロッパ、インドとロシアの仲介商業圏
専制君主イスラム法イスラム法廷に制約された「イスラム立憲制」
ではなぜ19世紀以後オスマン帝国は崩壊していつたのか。新井氏の本はそこを解明しようとしている。近代ヨーロッパが創造したナシヨナリズムとイスラムをいかに両立させようとしたか、その苦悩のなかで衰退していった過程をオスマンエリートの軌跡を描きながら分析している。西欧に顔を向けながらイスラム国家と両立させようという難しさ(最近もEU加盟を熱望したがうまくいかなかった)。ヨーロッパ型国民国家が異民族・異宗教共存の柔らかい専制を崩し、民族独立に火をつけた。トルコ国民への同化がオスマン帝国を崩していく。ギボンは『ローマ帝国衰亡史』でキリスト教が衰亡の一つの要因と見たが、オスマン帝国衰亡史ではナシヨナリズムが一要因なのかもしれない。(『オスマン帝国講談社・『オスマン帝国はなぜ崩壊したのか』青土社)(2010年7月)