川合康三『白楽天』

川合康三『白楽天―官と陰のはざまで』
 白楽天といえば平安朝時代には人気で『源氏物語』や『枕草子』にも引用され、菅原道真にも大きな影響を与えた。近世以後は唐詩では李白杜甫芭蕉はじめ歌俳人に持て囃された。玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋をロマンスとして歌い上げた「長恨歌」は有名だ。川合氏の本は白楽天の全体像に迫ろうとしている。
 中国の詩人は官僚が多い。だが左遷など社会的に不遇で隠遁的・放浪的生活を送る薄幸の人(杜甫陶淵明など)に対し、白楽天は例外で足るを知り、ほどほどを良くし、喜びの感情を自覚的に歌い上げる詩人と川合氏は見る。そのためこれまでのロマンス物語詩や社会詩とともに平凡な日常生活の生きる喜びを歌った「閑適詩」が、自足する晩年とともに重んじられる。元稹との友愛もある。長寿も全うする。やさしい言葉を使い、詩が出来ると老婆の女中にみせわかるかと尋ねたという。中国文学者・吉川幸次郎李白杜甫が緊張し充実した美の世界を歌った後、高度な美の世界を意識的に避け、平易の言葉で歌われる平凡な生活の中にも詩があることを示したと言う。(『中国文学入門』講談社)
また中国古典文学者の松浦友久氏は白楽天を「適」(快適さ、違和感のなさ)の詩人とみる。
それは生理的・身体的の快さ「身心の適」だという。「先ず身の安閑なるに務め、次に心の歓適なるを要む」(懐いを詠ず)「身適ならば四肢を忘れ、心適ならば是非を忘る」(陰几)(『漢詩―美の在りか』)わたしは定年になり引退してから、白楽天(天命を楽しむ)の詩を読むようになった。武部利雄著『白楽天詩集』(平凡社)が手ごろだった。川合氏のこの本で白楽天がよく理解できた。(岩波新書)(2010年7月)
チャールズ・ダーウィン『ミミズと土』
 この本の名を始めて知ったのは、30年ほど前に読んだ有吉佐和子『複合汚染』からだった。化学肥料で土が死んだ、それは土壌を改良する生物ミミズが硫安で殺されるからだ
という主張は衝撃だった。ダーウィンを読もうと思ったが仕事に追われやっと最近完読した。ダーウィンが死ぬ直前書かれた遺著だと知った。いまや生態学の古典だが、ダーウィンの進化論を知るためにも重要な本だ。『種の起源』が有名だが、サンゴやランそしてミミズといった小さな生物の観察・科学的分析の本も面白い。「神は細部に宿りたまう」でイギリス経験論・実験論・帰納的科学の方法がよくわかる。
 4億年前から地球に存在しているミミズは、土や落葉を食べ、糞として排泄する。それが肥沃土となり土壌を改良する。それが長い時間かけ土地を平坦にしていく。古代の遺跡も埋め保存して行く。ダーウィンは自分の庭にいるミミズの観察から始める。ミミズの習性の観察から掘ったトンネルに葉を引き込む生態に「知能」を見出すくだりは感動する。ミミズに愛情が湧いてくる。野蛮な人類が農薬でミミズを殺し生態系を破壊している「沈黙の春」状況をみたらダーウィンは、人間の進化を疑うだろう。
 この本に解説としてつけられている生物学者J・グールドは「自然への愛と進化と歴史科学の原理を確立しょうとした」べている。なお最近のミミズ研究は中村方子『ミミズのいる地球』(中公新書)が面白い。(渡辺弘之訳・平凡社)(2010年7月)