ソロス編著『安定とその敵』

ジョージ・ソロス編著『安定とその敵』

             1994年設立された「プロジェクトシンジケート」による世界で活躍するトップ・エリートの現状世界の論評で、2015年を扱い、ソロス氏はじめ21人が寄稿している。
             世界経済の停滞は続くという見方が強い。中国経済、ブラジル経済の成長鈍化、ユーロ圏、米国、日本の経済回復も芳しくない。スティグリッツ・コロンビア大教授は、世界に広がる総需要不足を解決しないかぎり、「大停滞」は続くという。ラジャン・インド準備銀行総裁は、経済成長を過剰債務、社会保障費増大、貧困格差のなかで行う困難を指摘し、為替介入、通貨切り下げの近隣窮乏化政策で、貿易輸出を増やす危機をさけよという。
            フランシス・フクヤマスタンフォード大フェローは、中国の国家主導の巨額なインフラ投資でユーラシア大陸の貿易・需要喚起「一帯一路」を取り上げ、中国モデルの今後の不透明さを述べる。他方、林穀夫・元世界銀行チーフエコノミストは、中国のシルクロード構想には楽観的である。フクヤマ氏は、米国が中国主導のアジアインフラ銀行に参加すべきだ(AIIB)という。
            聖戦テロとの戦い方に投資家・ソロス氏は、テロの死の恐怖による差別・排斥の悪循環を断ち、「開かれた社会」を維持すべきだと論じている。ユンケル欧州委員会委員長も、欧州の連帯の重視を論じている。ただしマクフォール元駐ロシア大使のように、米ロはシリアで手を結べないという意見もある。
            バクストン・コロンビア大教授は、ファシズム復活かと、トランプ氏、テイパーテイ、仏・国民戦線イスラム過激派を論じていて面白い。イスラム国(IS)は、国粋主義でなくカリフ制を標榜するから、古典的ファシズムでない宗教的狂信主義だという。
            テイパーテイはあらゆる国家権力に不信を持つ右翼無政府主義で、国家権力拡大と違う。国民戦線はかってのヴィシー政権の継承者で共和制否定だという。トランプ氏は、外国人嫌い、人種差別、有事の法律停止など、ファシズム手法を高言するが、冨の力を全面におしだすから、ファシスト体制とは相容れないとバクストン氏はいうのだ。
            アナン元国連総長らの「国連制裁」再考も重要だ。制裁の効果は2割ほどで、逆に制裁対象国の禁輸品の闇市場掌握を強くし、武器、石油も闇市場で骨抜きにされてしまう。イラク。ハイチ、クリミヤのロシア制裁を例に挙げているから説得力がある。やはり外交努力しかないので、北朝鮮制裁も、6か国協議や、米北対話が重要になるのではないか。(土曜社)